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ジークリットの怖い夢

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 わたくし、ジークリット・マルローが、前世を思い出したのは9歳の時。
 
 それは、家族で観劇に行った日の事になります。
 わたくしは初めてみる舞台の素晴らしさに魅了されました。

 始まりから終わりまで瞬きする時間も惜しく、それはそれは身を乗り出すようにして、舞台を見ていたそうです。
 ずっと目をキラキラ輝かせて観ていたぞ、と帰宅後に笑いながらジークリットの兄に言われてしまった程でしたので、それはもう、微笑ましくなるほど舞台を見ていたのでしょう。
 
 そんなものですから、当然ベッドに横になるも、興奮冷めやらないままのため、寝付ける事もなく。
 思い出すのは、今日観た舞台の事ばかり。
 

「はぁ……本当に素敵だったわ……。
 舞台の端から端まで届く声量なのに、きちんと声に感情も込められていて、ヒロイン役の方が泣きながら、恋人の前を去る時の、下手しもてへ走り去る時の暗転の使い方には、感情がグイグイ引き込まれてしまったわ。そして、その後の恋人の語り。
 スポットライトを光魔法を使って上手く演出していて、悲しさと悔しさの入り混じったセリフが本当に泣けてしまったわ……。
 舞台の演出方法もとても凝っていて、場面転換の現し方が魔法を使う相乗効果で、同じ舞台装置なのに、違う場面に見えるなんて思わなかった……。使われていた劇場ハコと演目の相性も良かったのね、きっと。うふふ、また観たいわ」
 
 と、ここまで呟いてわたくしは、ハタと我に返り、大きな瞳をさらに大きく開かせ、パチパチ何度も瞬きを繰り返します。
 
「舞台の演出……スポットライト……? え、わたくし、何でそんな事を知って……」
 
 突然自分の口からスラスラと出てきた、自分でも知らなかった筈の言葉に、年齢にそぐわない言葉に、でもそれらの意味をすべて理解している自分に、驚いた時。
 
 それはほんの一瞬の出来事でした。
 まるでそれは、渡された台本に目を通しただけで、内容が頭に入ってくるかのごとく、一気にたくさんの情報が、前世の記憶が頭の中で蘇って流れ込んできたのです。
 
 そして、思い出したのです。
 
 前世の自分の事を。
 舞台やアニメが好きで、且つ自分も声優や役者の卵だった事、バイトと稽古の毎日だった事。中々役は貰えなくても、それでも充実していた生活を送っていた事を。
 そしてそんな暮らしの中、ある日、ひとり暮らしだった自分は、男の人に部屋に押し入れられ、そのままそこで殺された事を。
 
「ひっ……!!」 
 
 殺されるまでに、自分がどういう目にあったのかを思い出してしまい、わたくしは小さく悲鳴を上げ、大きな枕を腕に抱え込みました。
 あまりに一気に頭の中に情報が入ってきたのと、前世の自分の惨い最後を思い出してしまい、しばらく枕を抱えてガクガク震えるばかりです。
 
「大丈夫、大丈夫よ……ここはもう、あの小さくて狭いアパートじゃないわ。わたくしを襲って殺したあの男ももういないの、大丈夫、大丈夫……」
 
 枕に顔を押し付けながら、何でもないと、そう自分に言い聞かせるように、強く呟きます。
 そうでもしないと、またあの男が追いかけて来て、扉を開けて部屋の中に入ってくるのではないかと、そんな恐怖があったからです。
 
 ここは生まれ変わった違う世界だからと、ここには優しい家族が一緒に住んでるから大丈夫だと、頭で分かってても、感情がどうしてもすぐに追いついてくれず、この小さな体では限界が来てしまったのか、ついに邸中に響く超えて泣いてしまいました。
 
「う、……ふ、ぇ……、っ、うあああぁぁぁぁぁぁん!!!!」
 
 当然ながら、突然の鳴き声に、部屋の外で待機していた警備の方がドンドンと大きく部屋の扉を叩いてきます。
 
「ジークリット様! ジークリット様、どうされましたか!!」
 
 主の許可無く、警備の方は入るわけにも行かず、ノックをして様子を確かめるも、わたくしは感情のまま泣くばかり。
 
 やがて騒ぎを聞きつけて、お兄様達が部屋に入ってきてくれました。
 
「ジーク、どうしたんだ!!」
「お、おにいしゃまあああぁぁぁ!! うああああぁぁぁん!!!」
 
 大好きな優しい兄達の声に、わたくしは泣きながら、その暖かな腕の中に抱き締められます。
 
「こわい、こわいよお……!」
「なにが恐いんだ?」
「おいかけてくるの、やだやだ、こわいよおお、ぅええええええん」
 
 泣きながらの言葉にお兄様方は、互いを見合わせるばかりです。
 けれどもその言葉に部屋の周囲も確認はしますが、不審者が入ってきた様子がないのを確認すると、わたくしが怖い夢を見たのだろうと、そう判断しました。
 そして体の震えが止まるようにと、優しく背中や頭を撫でてくれます。
 
「そうか……誰か怖い人が追いかけてきたんだね、可哀想に」
「大丈夫、お兄様達がずっとこうやって側にいるから。ジークを怖がらせるやつは、全員倒してやるよ」
「ふっ、ぅええ……」
「そうだ、そしたら今日は一緒に寝ようか。僕とルイでジークを間に挟んで寝るんだ。な、ルイ?」
「ん、それはいいな。俺とアレクで、ジークを守ってやるから、ジークを怖がらせるやつは近づけないよ。夢の中にだって、倒しに行ってあげるから。安心してお休み」
「お、にいしゃ……ま……」
 
 脳裏に強く蘇る、前世の最後の時に起きた事とその時の感情がまだ離れないけど、宥めようとしてくれるお兄様達の優しさに包まれて、その日、わたくしはゆっくり眠る事が出来たのです。
 
 
 
 思い返せば、この時からわたくしの家族は、若干わたくしに対して、過保護な部分が出てきてしまっていたのかもしれません。
 
 だからこそ。
 
 
 
 
「ジークリット・マルロー! 俺は貴様との婚約を破棄する!!」
 
 
 こんな事を言われたと分かったら、お父様やお兄様を筆頭に色んな意味で皆切れそうですわね。
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