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雪国の悪役令嬢は、オーロラと共に去っていく

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「アレクサンドラ・コレスニコフ! そなたとの婚約破棄を私はここで宣言する」


 ここ、アヴローラ国は、北の国。1年の殆どを雪と氷に囲まれた大国です。
 今夜は満月の下、狼の遠吠えも、夜空に響き渡る中。

 陛下主催の夜会にて、そう告げたのは、この国の殿下であられる、レオニート・リヴィンスカヤ殿下でございます。

「レオニート様。なぜ婚約破棄を突然、わたくしは告げられねば、ならないのでしょうか」
「ふん、しらばっくれるな。お前が、イリーナを散々暗殺しようと企んでいた事は、既に私の耳に届いている」
「わたくしが……シドレンコ男爵令嬢を、ですか? 恐れ入りますが、わたくしは、その様な事は、致してはおりません。何かの誤解ではないでしょうか」


 あぁ……早く、早く……。
 いいえ、落ち着くのよ、私。
 この機会を無駄にしてはダメよ。きっと最初で最後のチャンスだわ。
 

「アレクサンドラ様……酷い……私は、いつも、怖くて怖くて仕方なかったのに……」

 殿下の胸に頭を預けながら、瞳をうるわせて話すのは、イリーナ・シドレンコ男爵令嬢。……わたくしは貴女に名前で呼ぶ許可は与えてないのですが……まぁ、そんな些細な事はどうでもいいですわね。

 シドレンコ男爵令嬢が仰るには、わたくしは、いつも学院にて、様々ないじめから、暗殺紛いの事までしていたとの事。
そして、それらは全て証拠もあるとの事。驚きですわね。わたくしは、あなたとは顔もロクにあわせた事ございませんのに。


 ふふふ、何て素敵な流れなのかしら……。
 早く、早くあの言葉を、言ってちょうだい。
 私に、あの言葉を早くかけて、お願いよ。


 わたくしは、何もしていないのに困りましたわ……という意思表示に、右手を頬に当て、軽くハァと1つ息を吐きました。
 この仕草が、どうも殿下の癇に障ってしまったようで、「何だその態度は!」と、怒鳴られてしまいましたが。婚約破棄をされるなら、もう少し、余裕を持った態度を、お見せした方が良いかと思いますわ、殿下。

「その様な態度、反省の色もないとはな。公爵家も、貴様に一体どのような、教育をしてきていたのやら」
「お父様もお母様も、王妃になるようにとの教育をされて来ましたわね」

 そこには愛情の欠片もありませんでしたが。
 私は、王家に嫁ぐ為だけに、用意された生贄ですからね。

「殿下、わたくしは、本当に何もしておりません。それでもわたくしが、シドレンコ男爵令嬢を、暗殺しようとしたとして、婚約破棄をされると、そう仰るのでしょうか?」
「さっきからそう言っているだろう! こちらには調書が全て揃っている! アレクサンドラ! 貴様は婚約破棄の上、国外追放だ!」

 
 パキィーーン……──。


 殿下の言葉と共に、まるで何かが切れたかのような、子気味いい音が響き渡ります。
 そして、それに併せて、外の狼がまた1つ、大きな遠吠えを上げたのが、私の耳に届きました。


 ああ! 言われた! ついに言われたわ!
 どれだけ、私はどれだけ、この時を待ったことか!


 殿下から、婚約破棄と国外追放の言葉を、告げられた直後。
 バタンと大きな音と共に、扉を開けて、陛下が大広間に姿を現しました。
 あら、残念。一足遅かったですわね、陛下。

「おぉ、父上、宰相から連絡は行きましたか! 私はこの通り、アレクサンドラとは婚約を解消ぶへぇ!!」
「この、大馬鹿者がーー!!!」

 殿下が言い終える前に、陛下は握り拳をつくると、殿下の右頬に、熱い一発をお見舞いしました。
 当然殿下にくっついていた、シドレンコ男爵令嬢も、一緒に壁際まで吹っ飛びます。その衝撃で、シドレンコ男爵令嬢は、気絶してしまったようですが……まぁ、どうでもいいことです。

「ち、ちちうえ……な、にを……」
「アレクサンドラ嬢とは、決して婚約破棄は認めんと! そう言って来ただろう!」
「し、しかし……アレクサンドラは、イリーナを……」
「そんなの、その女のでっち上げであろう。アレクサンドラ嬢は契約で、そういった事は、決して出来ぬのだからな」
「は、契約……?」
 何を言われてるのか、分からないと言った顔で、殿下が聞き返してきたその姿に、陛下が真っ青になります。

「レオニートよ……よもや、儂が昔、お前に伝えた言葉を忘れたとか言わぬ、よな……?」 
「……え?」
「アレクサンドラ嬢について、教えた事があっただろう」
「何か言われましたっけ」
 その言葉に、陛下は目眩を覚えたのか、額を押さえながら、その場に膝を付いてしまいました。あらあら。


 あぁ、この殿下が、物覚え悪くて本当に良かった。
 ここまでお馬鹿だと、期待出来るかもとは思っていたけれど……よく忘れてくれたわ殿下。


「ああ、おしまいだ……」
「そうですわね、陛下。これで契約は終了ですわ」
「ま、待ってくれアレクサンドラ嬢! これは、こやつが暴走しただけに過ぎぬ! 契約は……!」
「いいえ、もう契約は破棄されましたわ」
「そ、そこをなんとか!」
「なぜ、私が契約に縛られてもいないのに、お前の言葉を、聞いてあげなければ、ならないのかしら?」
「な、何を言ってるんですか、父上……契約とは一体……」
「ふふ、私が教えてあげるわ。おバカなおバカなレオニート殿下。


 そう、それは今から3000年程昔の事。

 ここアヴローラ国には、アレクサンドラという、大魔女がいたのだけれど、その魔女は、恋人を人質にされ、この国に永久の守護をするという契約を、無理やり取り付けられたの。
 それは死んでもこの国に生まれ変わり、必ず王家に嫁ぎ、国を守護するという、契約。
 銀髪に深紅の瞳を持って生まれる者が出てくれば、それが魔女アレクサンドラの生まれ変わりの証。
 その者は必ず、国の第一王子と婚姻を結ぶ決まりとされて来たわ。

 ただね、契約を結ぶには、必ず解呪となる、破棄の内容も取り決めなければならないの。
 その内容が、
・魔女アレクサンドラは、この国に叛意の意志を持たない事。
・王子には必ず、婚姻の意味を、アレクサンドラの事を12の年に教えておく事。
・王子から婚約破棄、及び国外追放の言葉を告げられる事。
・王子には他に想い人がいる事。

 最後はともかく、残りが、契約として結ばれるのだから、王家側に、実に都合のいい内容ではあったのだけれども。
 まさか、こんな見事に全部を叶えてくれる者が現れるだなんて、思わなかったわ。
 シドレンコ男爵令嬢にも感謝しかないわね。婚約破棄に進めてくれるような、流れを生み出してくれたのだもの。


 …………3000年、長かったわ。
 生まれ変わっても、逃げられないように、奴隷の様な扱いを受けて、それでも王妃教育されながらも、道具として生贄としての扱いを受けるだけの日々。

 あぁ、それが、やっとやっと、終わった……!!
 私は自由、自由なのよ!」


 私の長い語りを、殿下含め、その場にいた護衛騎士や、貴族たちが呆然として聞いていたけれども。
 やがて扉の近くの方から、貴族や騎士達の悲鳴が聞こえてくる。

 陛下達も何事かと、そちらをみれば、そこには大きな白銀の狼が、こっちへ向かって走ってくる姿があった。

 貴族たちは、悲鳴を上げて狼から逃げようとするが、私はその姿を見て、逆に走り寄った。

「ミハイル!」

 私は狼に向けて両手を差し伸べながら、名を呼んだ。
 
 その言葉に反応するように、狼の額にあった、どす黒い血の封印が消えて。
 そこには、金髪に紫紺の瞳をした、私の愛しい人、ミハイルの姿が現われた。

「ミハイル! 会いたかった、会いたかったわ!」
「僕もだよ、愛しいアレクサンドラ!」

 私もミハイルも、お互いに涙を流し喜びながら、キスをし抱き合った。あぁ、やっとこの腕の中に帰れた……!

「ま、待ってくれ、アレクサンドラ! そ、そうだ、今度はミハイルを人質になぞしたりせぬ! だからこの国を…!」

 私とミハイルの再会に、水を差す言葉を放つのは、忌まわしき、この国の王。

「そんなのを聞き入れるわけないでしょ? ミハイルを人質にして、私を縛り付けたこの国を、許すとでもお思いで?」
 
 私はポンと箒を出すと、ミハイルと2人共に、箒に横座りで乗る。
 箒はそのまま、空中に浮かびあがり、やがて窓を突き破って外へと出た。


 夜空には満天の星空と月。
 そして、赤いオーロラが現れていた。
 あぁ、なんて素敵な夜でしょう。
 赤いオーロラは、不吉のオーロラ。災いを招くもの。
 この国に相応しい、贈り物を届けれたわね。

「アレクサンドラ! 頼む!この国を……!」

 外に出てきた王がまだ何か言ってるけれども、私もミハイルも、勿論そんな言葉には耳を貸さず、そのまま城から遠ざかって行った。





 その後、私の守護の無くなった国では、作物も育たず子供も生まれず、やがて大きな革命が起きて、王家どころか、歴史の地図から、国そのものが消えたとか何とか、耳にしたけれども。



 それこそ、私とミハイルには、関係の無い事でしか無かったわ。
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