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中学生編

6 優しい味

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「お待たせ~!晩御飯できたよ!」

テーブルの上に晩御飯が並ぶ。

目玉焼きを乗せたハンバーグのソースはニンニクを効かせたケチャップとウスターソースの合わせたもの。僕がよく作るソースなんだけど、ご飯にもパンにも合う。
付け合わせはバターと生クリームを使った濃厚なマッシュポテトとにんじんのグラッセ、あと茹でたインゲン。
マスタードと白ワインビネガーで作った甘酸っぱいフレンチドレッシングで和えたグリーンサラダ。
小鉢にほうれん草と春菊の胡麻和え、トマトのマリネ。
それと角切りの野菜をたっぷり使ったコンソメスープと白ごはん。


「このコンソメスープ美味しいな。」
「ほんと?今日の味付けは全部凛にお願いしたんだ!」
「へぇ、凛くん料理得意って言ってたもんね。」
「えへへ。ありがとうございます。」
「この胡麻和えも春菊苦くないし食べやすくて美味しい!」
「へへへ。」

ふと隣に座る大翔を見ると、一口食べては目を見開いてはバクバクと勢いよくご飯を食べている。

「凛の料理は美味しいな…。」
「ほんと?えへへ、良かったー。」

美味しいって言われると嬉しくてにまにましちゃうな!へへへっ

「ヒロが美味しいって言ってるの初めて聞いたかも…。」
「えっ?」

え?でも会食とかで美味しいお店いっぱい行ってるんじゃないのかな?
前に颯斗さんに聞いたけどご実家ではお抱えのシェフがいるらしいし、どこぞのホテルで修行した人らしくてすごく美味しいって言ってたけど…。

「あんまうまいって感じたことはないかもな、そもそも食に興味もなかったし。」
「え??この前予約取れない料亭行ってたよね?星付きとかも行ってたでしょ?ヒロくん…もったいない…。」
「凛のは美味い。はじめて美味いと思ったかも…。」

え???なにそれ!う、嬉しい…。
どうしようにまにまが止まらない…。

「いや、美味いんだろうなってのは分かる。良い味だとは思うんだけど…凛の料理は純粋に美味い。優しい味がする。」
「う…嬉しい…。でもなんか恥ずかしい…。」
「て、照れてる凛可愛い~!」

恥ずかしい。けど、嬉しい。
ちらっと隣の大翔を見るとハンバーグを頬張りながら僕の方を見てにっこりと笑顔を向けてきた。
うっ!イケメンの笑顔…破壊力がでかい…。


「ごちそうさまでした!」
「気に入ってもらえて良かった!」

ハンバーグ大きめにしたからかな、お腹いっぱい。
大翔はご飯をおかわりしてハンバーグも大きいのに2個も食べてくれた。

美味しそうに食べてもらえると嬉しい。
だから料理するの好きなんだよね!
美味しいって言ってもらえると作った甲斐があるなーってなってまた作ってあげたいなーってなっちゃう。

だから実家にいた時もよく家族にご飯作ってた。
日本に遊びにきた時は礼央くんと料理したりして、礼央くんも美味しいって言ってくれるからたまにリクエストされて作ったりしてた。


「凛、柴田がもうすぐ来るらしいから送っていくよ。」
「え、歩いて帰れるから良いよ。」
「もう外真っ暗だぞ、危ないから送ってく。」

「凛送ってもらいなよ!」

「えっ…あ、う、うん。じゃあ、お願いします。」

食後のコーヒーを飲みながら待っていると柴田さん(さっきの運転手さんの名前が柴田さんだったんだ)が来たので送ってもらうことになった。

なぜかお店を出たところに車がいるのにまた大翔に手を繋がれている。
僕そんな転びそうかな…それとも迷子になりそう?
いやでも目の前だし…。

「凛!来週末よろしくね!時間はまた連絡するから。」
「うん、わかった。お休みなさい。」
「「おやすみ。」」

後部座席のドアを開けてくれていた柴田さんに大翔が僕の家に寄ってくれるよう伝えて、ゆっくりと乗り込む。
車内に入っても何故か大翔は僕の手を離してくれない。
うーん。どうしたんだろ…。

「凛。」
「ん?なに?」
「今日の晩御飯本当に美味しかった。」
「え?あ、改まってどうしたの?」

「いや、本当に美味かったから。さっきも話したけど、俺は今までなに食べても美味いって感じたことなかったんだ。ただ、生きてく上では食べなきゃいけないから食べてるだけだったし。会食も呼ばれて必要だから食べてるだけだった。」

大翔は僕の手を握ったまま親指で柔らかく僕の手を摩る。
離せないぐらいの力で握られた手がすごく心地良く感じる。

「今日は純粋に美味いって感じたんだ。それに…まぁ、良く学校の女子からは手作りのケーキだのクッキーだの貰うんだけど…そう言うの俺食えないんだよね…。」

「え?」

「好意でくれてるのは分かるんだけど…小学生ぐらいの頃に…薬盛られたことがあって…。」

「え!?薬!?お菓子に?」

「ああ、毒とかじゃなくな…フェロモンを過剰に出させるための促進剤だったんだけど…。」

え?小学生が?小学生に?なんてもん渡してんの…。

「それまでは普通に食べれてたんだ。貰ったものだし、捨てるのも悪いなって…でもその事件が起きてからは怖くて人が作ったもんは食えなくなった。」

「だ、だいじょうぶだったの?体…。」
「ああ、すぐに中和剤もらったけど3日ぐらい寝込んだらしい。あんまり記憶ないんだけどな…。」
「…。」

「それまではまぁ美味いとかもうちょいわかってた気がするんだけど、それ以降なに食べてもあんまり味…ってか美味いかまずいかがわからなくなったんだ。味覚障害じゃなくて、心因性だろうって。」

僕は握られてただけの手をぎゅっと握り返した。

「だから今日は単純に驚いたんだ…。」
「うん…。」
「凛が作ったご飯が、美味いって分かる。それがすごい嬉しかった。」

ぎゅっと握り返した大翔の手は僕より大きくて、少し節張っていて男の人の手だった。
まだ中学生で、同い年のはずなのに。

「凛、ありがとう。」
「ううん、僕こそありがとう。」
「…?何にありがとうなんだ?」

「ん?…全部…かな?今日の料理を美味しいって言ってくれた事も、おかわりしてくれた事も。それに何度も助けてくれた事もありがとうだし、今日送ってくれる事も全部…ありがとう。」

「フッ…。そうか。」

握られた手がすごく熱い。
大翔は目を細めて僕の目を見つめてくる。
薄暗い車内で、僕たちはふふっと笑い合った。

徒歩10分の距離は車だとすぐだ。
もうすぐ僕の家に着く。

今日1日で大翔に対する印象がだいぶ変わった、あんなに嫌なやつだと思ってたのに。
ぶっきらぼうだけど、優しくて、心の中は繊細なのかもしれない。

僕の頭を撫でてくれたては大きくて優しい。
時折見せる笑顔も凄く柔らかくて…あの少し眩しそうに目を細めた笑顔を見ると僕の心臓はギュッと少し苦しそうにする。

今ではもうすぐこの手を離さなきゃいけないのが少し寂しくさえ感じる。

僕の家の前に停まった車から降りようとすると、キュッと手を引かれた。

「凛、来週末な…。」
「うん。」
「凛に似合う浴衣、用意する。」
「うん、ありがとう。」

車を降りると大翔は後部座席の窓を開けた。

「凛。手出して?」
「ん?」

僕が手を差し出すと、大翔がギュッと握ってその手を引き寄せた。

「おやすみ。」

そう言うと僕の額に柔らかいものが当たった。
ふんわりと口の端を上げて笑った大翔は手を振って車を走らせるように柴田さんに指示をする。


僕は車を見送ると、額に手を当てその場にしゃがみ込んだ。

ーーーーーッ!?


今…今のってキス??
おでこに残る感触が現実だと訴えてくる。
100m全力で走った後みたいな心臓の音が、自分の中から鳴っている事に気付くまで、僕はその場にしゃがんだままだった。
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