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中学生編
2 新雪の雪
しおりを挟む昨日降り続いた雪は関東の平野部では珍しく10センチ以上の積雪となった。
朝の空気は凛としていてまだ踏み荒らされていない新雪は、太陽の光に照らされてキラキラと輝いている。
日本の雪…特に関東地方の雪は地上の気温があまり低くならないせいか水分を多く含んでいて、綺麗なのは今だけで多分今日の午後にはベシャベシャのシャバシャバになってしまうらしい。
ベランダから目の前の駐車場に広がる雪面を見て、少し冷えた指先を吐く息で温めた。
「凛!朝ごはんできたよ!食べよう~!」
キッチンで朝ごはんを用意してくれていた礼央くんの声に振り返って、暖房のついた室内に戻ると少しの時間でも冷えていた足先がジンと痺れるような感覚になる。
「あ、クロワッサンだ!美味しそう!!」
「うちのお店でワンプレートランチの時に出してるやつなんだけどね、美味しいんだ。」
オーブントースターで温められたクロワッサンは表面がサクッとしていて中はふんわりで少しもっちり。
口の中にバターの香りが広がって少し甘味のある生地がとても美味しかった。
一緒に出してもらった半熟トロトロのオムレツとカリカリのベーコン、シャキシャキのベビーリーフのサラダ。栗かぼちゃとにんじんのポタージュもとても美味しくてぺろりと食べてしまった。
礼央くんは元々料理が好きで、高校の頃も料理研究部に入っていた。高校卒業後に調理の専門学校へと進学して今は駅から少し歩いたとこで小さなカフェのマスターをしている。
そんなに大きくないお店みたいだけど、常連さんも多くてそれなりに人は入ってるみたい。僕も料理が昔から好きだから高校に入ったらアルバイトとかしてみたいなぁ…。寮生になった時ってバイトどうするんだろうか。
「凛くん、礼央、今日はこの後とりあえず新しい家に行ってみる?鍵はもう預かってるんだ。」
「単身Ω専用の賃貸マンションでしたっけ?」
「そうそう、僕の実家でね最近作ったんだけどセキュリティもバッチリだし番持ちのαしか建物内に入れない。一応家具も備え付けだしね、Ωは家賃補助も出るから結構しっかりしてるんだけどそこまで家賃も高くないし…と言ってもすごい安いわけでもないんだけど。結構人気なんだよ。」
「へぇ~。」
颯斗さんの実家は日本有数の企業で国内外にある関連企業を含めるとかなりの規模になる。不動産事業が最近好調みたいな話は聞いていたけど。今回のこの単身者Ω専用マンションもそうだし、番となったαとΩ専用のタワーマンションも作ったらしくてニュースになっていたのをカナダの日系ニュースサイトで見た。
僕が希望している高校は全寮制の共学でαの男女、Ωの男女、あと番専用と全部で5棟の寮が完備されている。実はその寮をプロデュースして建設したのも颯斗さんの実家である『六浦ホールディングス』だ。
颯斗さんは次男で高校卒業後に医学部に進んで飛び級で医学部を修了しバース研究をメインで行う医師となり六浦ホールディングスが設立した医療センターに勤務している。
颯斗さんは礼央くんの番でもあり主治医をしていて、僕の主治医にもなる人。
Ωは生きていく上で抑制剤の処方や発情期の事もあるため、通院は免れないので必ず主治医が必要になる。
颯斗さんにはこれからも末長くお世話になる予定だ。
まだ会った事はないけれど颯斗さんの実家の六浦家はα家系でその中でも1番雰囲気が柔らかくってαっぽくないらしい。礼央くん曰く颯斗さんの家族は全員仲が良く4人兄弟らしいけど全員αで所謂「αであることを鼻にかける」ような尊大な態度をとる人もいないらしい。名家だとかお金持ちの家ってなんとなく偉そうな人がいそうなイメージだけどそんな事全然ないらしい。
朝ごはんを食べたあと簡単に掃除洗濯を済ませた僕たちは新しく僕が住むマンションへとやってきた。
マンションは礼央くんたちの家から歩いて5~10分ほどの距離にある8階建の建物で、1フロアに4戸あり1階はエントランスと管理人さんが常駐している。入館の際はカードキーと虹彩認証システムで登録した人しか入館できないらしい。
入り口の管理人室で3人分の虹彩認証と指紋を登録してマンション内に入ると、1~2階は吹き抜けになっているみたいだった。話を聞くと入居者専用のコンビニもあるらしい。
すごい、至れり尽くせりだ…。
「ここが凛くんの部屋だよ。今からだと大体1年ぐらいかな?ここに住むのは。」
「うーん、受かれば…そうなりますね。」
「え~凛は大丈夫でしょ、かなり勉強できるし僕だって入れたんだから。」
礼央くんは笑いながら玄関の扉を開けると僕を先に中に通してくれた。室内は広めの一人暮らしにはちょうどいいサイズの1LDK、カップルなら2人でも住めそうな広さだった。
単身者用だから2人で住むことはないけど。
基本的な家具はついてるけど、食器とかカーテンとかあとは日用品の類はついてないみたい。
礼央くんの家からメジャーを持ってきていたのでサイズを測って買い物リストに書き足していく。
「結構荷物いっぱいになりそうだね。」
「うん、買えば良いかと思って荷物そんなに持ってきてないし、服とかもあんまり持ってきてないからそれも買わなきゃなんだ。」
「じゃあ車でショッピングセンター行こうか?」
「「はーーい!」」
颯斗さんの提案に礼央くんと僕は手を挙げて賛成する。ショッピングセンターまでは車で10分ほど。駅からは土日とかだと100円で乗れるシャトルバスも出てるんだって。
2人が忙しい時でも乗り方さえわかれば僕も1人で行けそうだ。
近くにはスーパーも薬局もあるし、駅前にもお店はあるからすごく立地がいい。生活に慣れるために空いてる時間に散歩して道を覚えないと!
14歳で一人暮らしって少し早いかなと思ったけど、近くに礼央くん達はいるし寮に入ればある程度のことは自分でやらなきゃいけなくなるから予行練習みたいなものだ。
これから始まる新しい生活にワクワクが止まらない気分のまま颯斗さんの運転する車に乗り込んだ。
****
「とりあえず必要なものは全部買ったかなー。」
「荷物も車に置いてきたし、遅くなっちゃったけどお昼でも食べようか?」
「うん!」
必要な日用品や寝具を買い、僕の服も簡単にだけど揃えた。日本はやっぱり便利だし品質のいい服が安く売ってるな。なんて言いながらみんなで買い物したけどとても楽しかった。
上の階にあるレストランフロアをウロウロしながら何か食べようかと話していると颯斗さんのスマホが鳴った。
「ん?ヒロだ…ちょっとごめん電話出るね。」
「了解!凛、食べたいお店探してこようか。」
「う、うん。」
ヒロ?ヒロってだれだろ?
僕が聞き慣れない名前にポカンとしていると「昨日話してた颯斗の弟君だよ。」って礼央くんが教えてくれた。なるほど、僕と同い年で昨日海外から帰国したっていう弟さんか。
「え??もう来てるの?…あぁ、今礼央と凛くんと買い物に来てるから家にはいないよ?」
「…。」
「凛くんは礼央の従兄弟。ああ、そうそう。え?あーー、わかったよ。じゃあねちょっと待ってて。」
「…?颯斗?どうしたの?」
颯斗さんは大きめのため息を吐きながら、電話を切ってこちらに近づいてきた。
「ごめん!なんかヒロのやつお土産がどうのって言って家に来てるみたいなんだ。」
「え?珍しい…いつもお土産なんて買ってこないのに。」
「ほら前に言ってた何とかっていうとこのチョコレート?今回時間があったから買えたって言ってて。」
「え!?あそこのチョコ買ってきてくれたの!!」
「そ、だから帰ってこいって。置いてってくれていいのに…。凛くんごめんね、家に戻らないと。外食はまた今度でもいいかな?」
「あ、うん。全然大丈夫です。」
なにやら弟さんがお土産を持ってきたから早く帰ってこいとの電話だったみたいだ。
僕は途中でおろしてもらおうかな…。
買ってきた荷物もあるし。
「凛も挨拶しようか!会ったこと…多分なかったよね?」
「そうだね、高校2人とも合格したら同級生になるかもしれないし。」
へぇー、弟さんも同じ高校受けるのか。なんて思ったけど、え?これから会うの…?僕まだ全然人見知り直ってなくて、初対面の人と会うと緊張しちゃうんだよな…。
「ふふ、凛緊張してるなー?」
「う、うん。だって初めて会う人だし…。まだ、全然人見知り直んなくて…。」
「あんまり緊張しなくて大丈夫だよ。僕の弟だしね。」
そうは言われても…どうやったって緊張するんだ。
お店とかなら平気なんだけど、それ以外の場合だとほんと手汗すごくなるし…どもるし…目は見れないし。緊張することに不安になってどんどん緊張が増幅されてく。こればっかりは昔から全然治らない。
日本に来てはじめて会う同年代のαだし、さらに緊張してしまって家に戻る車中僕はずっとソワソワしっぱなしだった。
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