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第四章:武林迷宮
三十九話:武林迷宮 や、宿屋……?
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目を閉じて呼吸を整えていると、治癒の力が尋常ではない右腕の痛みを徐々に和らげていく。
数分もすると、右腕を曲げるくらいならできるようになり、目も少しぼやけるが見えるようになった。
「……さて、急がないとだな」
腰から上の部分は地面に横たわり、下半身は地に根を張ったように立ち尽くしているゲンカイの元へと、メリシアの肩を借りながら近寄る。
「ゴプッ……そ、某の負けだ……」
虫の息といった感じで、苦しそうに表情を歪めながら、ゲンカイが血の塊と言葉を吐き出す。
辺り一面が血の海と化すほどの出血量なのにも関わらず、俺に斬られてからここまでの数分間を生き抜いたその生命力にこそ、ゲンカイの本当の強さが滲み出ているような気がする。
「死ななくてなによりだ」
下半身を上半身にくっつけ、手をかざす――と、すぐに傷口が塞がり、ゲンカイの表情からも険しさが消えていく。
「かたじけない」
完全に治癒させると、ゲンカイが正座してから頭を下げた。
「一つ、この身で剣を受けておいて情けないことに……何が起きたのか分からぬのだ。ぜひ、其処元の妙技を説明してはくださらぬか?」
「……最初、俺の首に剣を突き付けた時は何が起きたのか俺にも分からなかったよ。でも、メリシアを地面に倒した時、あの時はメリシアが動いた瞬間、時感覚を千倍まで調整してたんだ。なのに、お前の動きがまったく見えなかった」
話しながら、あいまいだった足元がはっきりしてきたため、借りていた肩から腕を離す。
メリシアが少し名残惜しそうにしてくれたのがなんだか嬉しい。
「だから、時を止めてるんじゃないかってピンときてな、メリシアの身体強度と時感覚を操作して先制攻撃してみるように提案したんだ。でも、それでいけるって思ってたらダメだったから――俺はさらに時を超えて動いたってわけだ」
「時を超えた……!?」
「正確には、光の速度を超えて剣を振った……だな」
「そ、そんなことが……」
「自分でもメチャクチャだと思うけど、できるんだよ」
イケメンが台無しな驚愕の表情を浮かべたゲンカイが、すぐに真顔に戻ってスッと姿勢を正した。
「……力は十二分に示して頂いた。この元戒、喜んでメリシア殿と盟約を結ぼう」
「はい。よろしくお願いしますね、ゲンカイさん」
ゲンカイが青い粒子となってメリシアへと吸い込まれていき、やがて完全に消えた。
例のごとく部屋の隅に先ほどまでは無かった石板が現れたため、内容を確認しに行く。
「なになに……”元戒と盟約を結びし道の者。静なる道の深淵に究みを求めよ”――以下同文、か」
「やはりこの石板は、迷宮に挑む者に対してキュウカクが用意した何らかの警告なのでしょうか」
「……というよりか、楽しみに待ってるぞって感じに読めるけどな。なにせ最後が”我は究覚なり。深き道の果てに究めし力を求めん”だもんな」
おれ今井。いま自室でパーフェクトボディ目指して筋トレしてるんだ! って言ってるようなものだ。
どんだけ自己主張激しいんだよ。
「あ、そういえばゲンカイ。聞きたいことがあるんだった」
「何かな?」
チゴウと同じように、ゲンカイがメリシアの背後に現れる。
「十一階層でチゴウのヤツにいっぱい食わされて十九階層に戻されたことは知ってるか?」
「見ていた」
「あの後、やけに簡単にここまで来れたのってお前が何かしてくれたからか?」
「十九階層から十一階層までは時を停滞させてはいるが、それ以外に何かを施すようなことはしておらぬよ。それに……そのことについてはイマイ殿も薄々感づいておるのであろう?」
メリシアの腰を飾りたてたまま、ここまでウンともスンとも言わなかったチゴウリボンが、一瞬大きくバサリと揺れる。
そっか、やっぱコイツが……。
「いや、違うならいいんだ。変なこと聞いて悪かったな」
どうやら、力は貸せないなどと言っていた割にこっそりと導いてくれていたらしいチゴウのお陰でここまで来れたということも分かり、スッキリした心持ちになったところで、次の階層へと続く螺旋階段に進む。
武林迷宮も残すところあと九階層……ここから先は、今まで以上の困難が待ち受けているに違いない。
隣を歩くメリシアの手を握ると、メリシアもこちらを見ることなくそっと握り返してくる。
そのまま、パートナーの温もりと決意を感じながら階段を下りきり、立ち止まらずに九階層の扉を押し開き、中へと足を踏み入れる――
「えっ」
と、そこには十階層とほぼ同じ広さの空間と……高級旅館のような佇まいの宿屋が、営業中の札を掲げていた。
数分もすると、右腕を曲げるくらいならできるようになり、目も少しぼやけるが見えるようになった。
「……さて、急がないとだな」
腰から上の部分は地面に横たわり、下半身は地に根を張ったように立ち尽くしているゲンカイの元へと、メリシアの肩を借りながら近寄る。
「ゴプッ……そ、某の負けだ……」
虫の息といった感じで、苦しそうに表情を歪めながら、ゲンカイが血の塊と言葉を吐き出す。
辺り一面が血の海と化すほどの出血量なのにも関わらず、俺に斬られてからここまでの数分間を生き抜いたその生命力にこそ、ゲンカイの本当の強さが滲み出ているような気がする。
「死ななくてなによりだ」
下半身を上半身にくっつけ、手をかざす――と、すぐに傷口が塞がり、ゲンカイの表情からも険しさが消えていく。
「かたじけない」
完全に治癒させると、ゲンカイが正座してから頭を下げた。
「一つ、この身で剣を受けておいて情けないことに……何が起きたのか分からぬのだ。ぜひ、其処元の妙技を説明してはくださらぬか?」
「……最初、俺の首に剣を突き付けた時は何が起きたのか俺にも分からなかったよ。でも、メリシアを地面に倒した時、あの時はメリシアが動いた瞬間、時感覚を千倍まで調整してたんだ。なのに、お前の動きがまったく見えなかった」
話しながら、あいまいだった足元がはっきりしてきたため、借りていた肩から腕を離す。
メリシアが少し名残惜しそうにしてくれたのがなんだか嬉しい。
「だから、時を止めてるんじゃないかってピンときてな、メリシアの身体強度と時感覚を操作して先制攻撃してみるように提案したんだ。でも、それでいけるって思ってたらダメだったから――俺はさらに時を超えて動いたってわけだ」
「時を超えた……!?」
「正確には、光の速度を超えて剣を振った……だな」
「そ、そんなことが……」
「自分でもメチャクチャだと思うけど、できるんだよ」
イケメンが台無しな驚愕の表情を浮かべたゲンカイが、すぐに真顔に戻ってスッと姿勢を正した。
「……力は十二分に示して頂いた。この元戒、喜んでメリシア殿と盟約を結ぼう」
「はい。よろしくお願いしますね、ゲンカイさん」
ゲンカイが青い粒子となってメリシアへと吸い込まれていき、やがて完全に消えた。
例のごとく部屋の隅に先ほどまでは無かった石板が現れたため、内容を確認しに行く。
「なになに……”元戒と盟約を結びし道の者。静なる道の深淵に究みを求めよ”――以下同文、か」
「やはりこの石板は、迷宮に挑む者に対してキュウカクが用意した何らかの警告なのでしょうか」
「……というよりか、楽しみに待ってるぞって感じに読めるけどな。なにせ最後が”我は究覚なり。深き道の果てに究めし力を求めん”だもんな」
おれ今井。いま自室でパーフェクトボディ目指して筋トレしてるんだ! って言ってるようなものだ。
どんだけ自己主張激しいんだよ。
「あ、そういえばゲンカイ。聞きたいことがあるんだった」
「何かな?」
チゴウと同じように、ゲンカイがメリシアの背後に現れる。
「十一階層でチゴウのヤツにいっぱい食わされて十九階層に戻されたことは知ってるか?」
「見ていた」
「あの後、やけに簡単にここまで来れたのってお前が何かしてくれたからか?」
「十九階層から十一階層までは時を停滞させてはいるが、それ以外に何かを施すようなことはしておらぬよ。それに……そのことについてはイマイ殿も薄々感づいておるのであろう?」
メリシアの腰を飾りたてたまま、ここまでウンともスンとも言わなかったチゴウリボンが、一瞬大きくバサリと揺れる。
そっか、やっぱコイツが……。
「いや、違うならいいんだ。変なこと聞いて悪かったな」
どうやら、力は貸せないなどと言っていた割にこっそりと導いてくれていたらしいチゴウのお陰でここまで来れたということも分かり、スッキリした心持ちになったところで、次の階層へと続く螺旋階段に進む。
武林迷宮も残すところあと九階層……ここから先は、今まで以上の困難が待ち受けているに違いない。
隣を歩くメリシアの手を握ると、メリシアもこちらを見ることなくそっと握り返してくる。
そのまま、パートナーの温もりと決意を感じながら階段を下りきり、立ち止まらずに九階層の扉を押し開き、中へと足を踏み入れる――
「えっ」
と、そこには十階層とほぼ同じ広さの空間と……高級旅館のような佇まいの宿屋が、営業中の札を掲げていた。
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