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第一章:慈愛の救世主
十三.五話:トルキダスの受難
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「ふぅ……で、ばあ様。どう見ますか?」
イマイソウタとメリシアの背中が見えなくなったあと、なお暫く待って木から降り、先ほどまでイマイソウタが砕いたり折り曲げたりしていた金属を手に持ち、何やら調べているばあ様へと問いかける。
「ま、当たり半分ってとこかの」
「半分……ですか」
「無だったものが突然半分まで来たんじゃ。上出来じゃろ」
「……確かに、そうですな」
試練の巡礼地に創世の救主が降臨するらしいという極秘の情報は、ばあ様からもたらされた。
ならば、それをばあ様へ伝えたのは何奴か。
……メリシアがようやく剣聖へ至ろうかという最中、ディブロダールから亡命してきたばあ様と出会ってこれまで幾星霜。
慎重に慎重を重ねて行動してきたとはいえ、不可解にも何の妨害も無く物事が進んでいる。
あのエリウス大司教を相手に、ここまで都合良くいくものだろうか……。
獅子身中の虫、有り得ぬこともない――
「こりゃいかん」
思案に耽っていると、ばあ様が珍しく慌てふためきながら、探知の魔術を土の上に描き始めた。
「ぬ、どうかしましたか」
「これを見てみぃ」
「これは……」
器用にも片手で魔術を実行しながら差し出された翠璃瑠の棒に目をやる。
「イマイソウタが触っていた部分だけ……黒く変色しておりますな」
「創世の救主が翠璃瑠に触れた際に現れる、暴走の兆候じゃ。普通ならすぐに出るはずなんじゃがの」
「なんと! ではメリシアが――」
「危ないがの……見つけたで、行ってくるの」
「頼みます!」
ばあ様の体がフワリと浮いて中庭から飛び去っていく。その後ろ姿を見送りながら、本来ならば自分の仕事であるはずが……と歯噛みする。
しかし、自分の無力さを恨んだところで致し方ない。
今はできることをやるのみだ――
「なぁ、そこの者よ」
「オィオィオィィィ! なんだよぉ、気付いてたのかぁ?」
居間へと繋がる扉の陰から、上半身が裸の、全身を入れ墨で染め上げた男が出てくる。
「ばあ様が居なくなるまでは気付けなかったがな」
「ヒィヘッヘッヘェ! 余裕じゃねぇかぁ、アァ?」
「ガッハッハ、そう見えるか」
翠璃瑠を見ていた際からその気配に肌の泡立ちが収まらず、ついに噴き出しはじめた汗は玉となってツーッと額を流れる。
イマイソウタが居るからと、武具を中庭に置いておかなかったことが悔やまれる。
「いいぜぇ……いぃいいぃぜぇえぇぇぇっ! てめぇみてぇなぁ、余裕ぶっこいてるザコをいたぶるぅ……ハァァ、ハアァアあのぉ! ゥアァノォカイカンンンンンン!!」
両手を大きく広げ、天を仰いで咆哮するその姿はてんで隙だらけだが、この距離ではその隙を狙ったところでどうにもできないであろう程の力量差を、肌が感じている。
ガッハッハッハ。
武神などと呼ばれたこのオレだが、なに、所詮はこの程度の存在よ。
「ならば粉骨砕身――」
「ウッ、フゥ。おっとぉ、ちょっとデちまったぁ」
「くっ……ええぃ、ままよっ!」
禍々しく下半身を隆起させている男のその狂気に一瞬気圧されるが、覚悟を決めて突撃し、肩をいれる――
「ぬぐっ!?」
オレの質量に対して有り得ないことに、渾身の突撃はあっさりと片手で受け止められてしまった。
城門にでも突っ込んだかのような手応えだが、尋常ではない握力で肩が握られているため反動で吹き飛ばされることも叶わず、衝撃がモロに全身を襲ってくる。
「ガッ、ハッハ……あやつにも度肝を抜かれたが、な」
「おぉ?」
「本気のオレを見せてやろう!」
全身の筋肉を収縮させ、身をよじりながら合掌した両手に力を集中――開放して一気に叩き込むッ!
「食らえぃ! 羅漢掌ッ!!」
「ベウッ!?」
ドグジャッ!
鬼神拳の継承者、拳帝ラオ直伝の拳術が刺青男のみぞおちへと突き刺さるーーが
「ブゥフウゥゥ……オ、オィオィィ……痛ぇなぁ」
「ぬっ!?」
確かに、肋骨を数本挫いて、さらにその肋骨を臓腑に突き刺す会心の手ごたえを得たのだが、男が苦悶の表情を浮かべたのはほんの一瞬で、気が付けば男の手がオレの両腕を掴んでいた。
「フヒャヒャヒャァ、残念だったなァ?」
「……グッ、ガアァァァァァ!!」
「ほぉらぁっ! おかえしだぁぁっ!」
ボグッゴリッ!
掴まれた腕が捻りあげられていき、このオレの鍛え上げた両腕の肘関節が外れる音が響き渡った。
「ウガアァァァ!」
「ヒィッヘェ、ヒィッヘッヘッヘェ!」
さらに容赦なく絞られ、腱と神経もブヂッブヂッと千切れていく。
「いぃい音だあぁぁ……痛ぇなぁ? うぅん? 痛ぇだろぉ、なぁ? ヒィッヘッヘェ! ホラァ、ホラホラァ、イテェだろってぇぇッ! ホラホラァァホォォラァアァァ!」
「ググッッガァァッッッ!!」
まるで脳に火種を押し付けられているかの如き激痛に、危うく意識が飛びかける。
「ギッ、グルル……グフゥ、フーッ! フーッ!」
「おぉ? おっおぉっ!? いぃぃねぇぇぇ、その顔ぉ! ここまでしてぇ、そんな風ぅに睨んできた奴はぁ、テメェが初めてだぁアァァおっぅ……またデそうだぁっ」
「ァガッ! き、貴様、その回復力……ディブロダールの……ぐぬぅッ……こ、このオレを囮にーー」
「おぉっとぉ、そこまでだぁ。新しい客が来たみてえだぜぇ?」
誰だ……いや、誰でも良い。逃げるのだ……。
逃げろ……イマイソウタ、メリシア……これは、罠だ……っ!
イマイソウタとメリシアの背中が見えなくなったあと、なお暫く待って木から降り、先ほどまでイマイソウタが砕いたり折り曲げたりしていた金属を手に持ち、何やら調べているばあ様へと問いかける。
「ま、当たり半分ってとこかの」
「半分……ですか」
「無だったものが突然半分まで来たんじゃ。上出来じゃろ」
「……確かに、そうですな」
試練の巡礼地に創世の救主が降臨するらしいという極秘の情報は、ばあ様からもたらされた。
ならば、それをばあ様へ伝えたのは何奴か。
……メリシアがようやく剣聖へ至ろうかという最中、ディブロダールから亡命してきたばあ様と出会ってこれまで幾星霜。
慎重に慎重を重ねて行動してきたとはいえ、不可解にも何の妨害も無く物事が進んでいる。
あのエリウス大司教を相手に、ここまで都合良くいくものだろうか……。
獅子身中の虫、有り得ぬこともない――
「こりゃいかん」
思案に耽っていると、ばあ様が珍しく慌てふためきながら、探知の魔術を土の上に描き始めた。
「ぬ、どうかしましたか」
「これを見てみぃ」
「これは……」
器用にも片手で魔術を実行しながら差し出された翠璃瑠の棒に目をやる。
「イマイソウタが触っていた部分だけ……黒く変色しておりますな」
「創世の救主が翠璃瑠に触れた際に現れる、暴走の兆候じゃ。普通ならすぐに出るはずなんじゃがの」
「なんと! ではメリシアが――」
「危ないがの……見つけたで、行ってくるの」
「頼みます!」
ばあ様の体がフワリと浮いて中庭から飛び去っていく。その後ろ姿を見送りながら、本来ならば自分の仕事であるはずが……と歯噛みする。
しかし、自分の無力さを恨んだところで致し方ない。
今はできることをやるのみだ――
「なぁ、そこの者よ」
「オィオィオィィィ! なんだよぉ、気付いてたのかぁ?」
居間へと繋がる扉の陰から、上半身が裸の、全身を入れ墨で染め上げた男が出てくる。
「ばあ様が居なくなるまでは気付けなかったがな」
「ヒィヘッヘッヘェ! 余裕じゃねぇかぁ、アァ?」
「ガッハッハ、そう見えるか」
翠璃瑠を見ていた際からその気配に肌の泡立ちが収まらず、ついに噴き出しはじめた汗は玉となってツーッと額を流れる。
イマイソウタが居るからと、武具を中庭に置いておかなかったことが悔やまれる。
「いいぜぇ……いぃいいぃぜぇえぇぇぇっ! てめぇみてぇなぁ、余裕ぶっこいてるザコをいたぶるぅ……ハァァ、ハアァアあのぉ! ゥアァノォカイカンンンンンン!!」
両手を大きく広げ、天を仰いで咆哮するその姿はてんで隙だらけだが、この距離ではその隙を狙ったところでどうにもできないであろう程の力量差を、肌が感じている。
ガッハッハッハ。
武神などと呼ばれたこのオレだが、なに、所詮はこの程度の存在よ。
「ならば粉骨砕身――」
「ウッ、フゥ。おっとぉ、ちょっとデちまったぁ」
「くっ……ええぃ、ままよっ!」
禍々しく下半身を隆起させている男のその狂気に一瞬気圧されるが、覚悟を決めて突撃し、肩をいれる――
「ぬぐっ!?」
オレの質量に対して有り得ないことに、渾身の突撃はあっさりと片手で受け止められてしまった。
城門にでも突っ込んだかのような手応えだが、尋常ではない握力で肩が握られているため反動で吹き飛ばされることも叶わず、衝撃がモロに全身を襲ってくる。
「ガッ、ハッハ……あやつにも度肝を抜かれたが、な」
「おぉ?」
「本気のオレを見せてやろう!」
全身の筋肉を収縮させ、身をよじりながら合掌した両手に力を集中――開放して一気に叩き込むッ!
「食らえぃ! 羅漢掌ッ!!」
「ベウッ!?」
ドグジャッ!
鬼神拳の継承者、拳帝ラオ直伝の拳術が刺青男のみぞおちへと突き刺さるーーが
「ブゥフウゥゥ……オ、オィオィィ……痛ぇなぁ」
「ぬっ!?」
確かに、肋骨を数本挫いて、さらにその肋骨を臓腑に突き刺す会心の手ごたえを得たのだが、男が苦悶の表情を浮かべたのはほんの一瞬で、気が付けば男の手がオレの両腕を掴んでいた。
「フヒャヒャヒャァ、残念だったなァ?」
「……グッ、ガアァァァァァ!!」
「ほぉらぁっ! おかえしだぁぁっ!」
ボグッゴリッ!
掴まれた腕が捻りあげられていき、このオレの鍛え上げた両腕の肘関節が外れる音が響き渡った。
「ウガアァァァ!」
「ヒィッヘェ、ヒィッヘッヘッヘェ!」
さらに容赦なく絞られ、腱と神経もブヂッブヂッと千切れていく。
「いぃい音だあぁぁ……痛ぇなぁ? うぅん? 痛ぇだろぉ、なぁ? ヒィッヘッヘェ! ホラァ、ホラホラァ、イテェだろってぇぇッ! ホラホラァァホォォラァアァァ!」
「ググッッガァァッッッ!!」
まるで脳に火種を押し付けられているかの如き激痛に、危うく意識が飛びかける。
「ギッ、グルル……グフゥ、フーッ! フーッ!」
「おぉ? おっおぉっ!? いぃぃねぇぇぇ、その顔ぉ! ここまでしてぇ、そんな風ぅに睨んできた奴はぁ、テメェが初めてだぁアァァおっぅ……またデそうだぁっ」
「ァガッ! き、貴様、その回復力……ディブロダールの……ぐぬぅッ……こ、このオレを囮にーー」
「おぉっとぉ、そこまでだぁ。新しい客が来たみてえだぜぇ?」
誰だ……いや、誰でも良い。逃げるのだ……。
逃げろ……イマイソウタ、メリシア……これは、罠だ……っ!
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