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決戦

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 〈麓の森〉を遠目にうかがいながら、善吉は田んぼ道を早足で歩いていた。
 とくに変わった様子は見られない。
 だがそのとき、

 パン!パン! パパン!パン!

 森の中で、四、五発の銃声が轟く。
 善吉はビクッと立ち止まる。
「狩りには弓を使うはず……」
 さらに銃声が数発響いてくる。
「太郎太!」
 全力で駆けだす。


 森と山との狭間の土地。
 この辺りだけ、木々がまばらにしか生えておらず陽の光で明るい。
 甲賀衆と黒太刀組の合戦が繰り広げられている。敵味方入り乱れての激しい乱戦だ。
 戦闘が始まったのは森の中の〈休憩場〉だが、黒太刀組の戦術により、意図的に戦場をここにまで移していた。兵数に勝るならば、開けた土地での戦闘のほうが圧倒的に有利だからだ。
 甲賀衆は激しく抵抗しているものの、数の力で圧倒されている。
 この不利な状況においても徳馬は、鎖鎌を巧みに操って鬼神のごとく奮戦していた。
 分銅を飛ばして敵の顔面を打ち砕き、鎌の刃で次々と首をねていく。さすがは甲賀衆の頭領だ。

 一方、太郎太はというと、合戦場のまん真ん中で凍りついたように立ちすくんでいた。
 いちおう刀はかまえているものの、戦闘の迫力に怖気づいてガタガタと震えるばかりで、一歩も動くことができない。
「ちょうど良い機会じゃ。太郎太、おぬしに実戦での稽古をつけてやる!」
 そばには与五郎がいて、十文字槍を勇ましくかまえている。実に雄々しく頼もしい姿だ。
「死にとうなかったら、わしの教えを聞き漏らすな!」
「は、はい!」
 忍術教室とはちがい、太郎太はすっかり従順な生徒である。
「乱戦での心得その一。四方八方に油断なく目を配り──」
 ヒュン!
 飛んできた矢がズブッと頭に突き刺さり、与五郎はあっけなく討ち死にする。
「与五郎殿ーっ!!」
 太郎太の絶叫。
 さらに一人の兵馬侍が、刀をかまえて太郎太にむかってくる。
「うおぉぉっ!」
 太郎太は勇ましい雄叫おたけびをあげて、一目散に逃げ出す。

 その黒太刀者は、敵に狙いをさだめて鉄砲を撃つも、また外してしまう。
「くそ、しぶとい輩どもめ!」
 おなじく鉄砲を撃ちかけている仲間にむかって、
弥平やへい! どでかいのをくらわせてやれい!」
 弥平は無言でうなずくと鉄砲を地面におき、上着の片方の襟をガバッと広げる。
 上着の内側には、びっしりと各種の爆弾が仕込まれている。彼は黒太刀組一の火術狂いだった。
 そこから取り出した焙烙玉は、太郎太が持ってきたものの三倍の大きさはある。
 鉄砲の火皿で導火線に点火し、甲賀衆が密集している地点に狙いをさだめて放り投げる。
 そこには、逃げ惑っている太郎太の姿もあった。

 善吉は、辺りをさぐりながら森の中を走りまわっている。
 だが太郎太はおろか、人っ子一人姿が見えない。
「……!」
 そのとき、遠くからかすかに怒号が響いてくる。
 立ち止まり、ジッと耳を澄ます。
 次いで、
 ズズーン……!! という地面を揺るがす巨大な爆発音。
「近いぞ!」
 善吉は迷わず駆ける。
〈休憩場〉の近くを横切り、そこから西へむかう。
「……!」
 善吉は立ちすくんでしまう。
 森の木々を抜けたとたん、黒太刀組と甲賀衆の激戦の光景が目に飛び込んできたのだ。
「合戦……!?」
 何人か里の顔見知りを見つけ、
「なんで甲賀衆が……!?」
 状況がつかめず唖然となる。
 善吉は気を鎮めようと、懐から印籠を取り出してありったけの丸薬を飲む。
「……!」
 左手に目をむけると、焙烙玉が爆発したらしき場所に無惨な死体がいくつも横たわっている。多くが甲賀衆のものである。
 そこに、うずくまったまま動かない親友の姿を見つける。
「太郎太っ!」
 危険を顧みずに斜面を下り、一直線に駆け寄る。
「死ぬな、太郎太!」
 善吉は、幅広の体をゆり動かす。
「う~ん」
 うめきながら目を覚まし、太郎太はのろのろと立ち上がる。特に怪我はなさそうだ。
「無事なのか?」
「ああ……音に驚いて腰を抜かしただけじゃ」
 善吉の顔を見て、
「なんじゃおぬし、足を洗ったのではないのか?」
「そんなことより、この有様は何事だ?」
「甲賀も弾正暗殺の依頼を受けとったんじゃ。だが敵のほうが上手だったらしい」
「さような大事だいじ、わしらの出る幕ではないぞ。早いとこ退散しよう」
「!!」
「!!」
 爆発のあおりを食って重傷を負った黒太刀者が、ヨロヨロと気力だけで二人に槍でむかってくる。
「おおおおっ!」
「あわわわっ!」
 太郎太と善吉は、オロオロしているだけでなにもできない。
「うぐぅ…」
 幸い、黒太刀者は勝手に力尽きて絶命してくれる。
「…さあ、とっとと退散しよう」
「うむ、それがいい」
 少し離れた場所で、またも焙烙玉が爆発し、何人もの甲賀衆が吹き飛ぶ。
「ちくしょう、またやられた!」
 太郎太は地団太を踏みながら、懐から焙烙玉を取り出す。
「わしもまだこいつを持っとる!」
 善吉は一瞬躊躇するも、
「やるか! わしらとて甲賀者の端くれじゃ」
「おおっ! まったくじゃ!」
 善吉は前方の一点を指さして、
「敵が固まってる、あの辺りを狙うんだ!」
「承知した!」
 焙烙玉に火をつけ、太郎太は腕を大きく振りかぶって、
「うりゃーっ!」
 と力いっぱい投げる。
 が、その瞬間、焙烙玉は視界から消えてしまう。
「ん? どこじゃ?」
 すっぽ抜けたせいで、空高く垂直に上がってしまっていたのだ。
 焙烙玉は、ストンッと二人のすぐ目の前に落下する。今にも爆発しそうだ。
「あわわ!!」
 あたふたし、二人で同時に蹴っ飛ばす。
 上手い具合に、最初の狙いどおりの地点へ飛んでいく。
 飛んできた焙烙玉は地面に落下して、ちょうど弥平の目の前にまで転がってくる。
「……誰のだ?」
 それが彼の最期の言葉となった。

 ズガーーンッッ!!

 焙烙玉が爆発すると、四肢が消し飛んで弥平は首と胴体だけの哀れな姿となり、地面に横たわる。
 まもなく彼は絶命するも、体中に仕込んでいた爆弾は生きており、次々と引火していく。
 凄まじい大爆発が巻き起こり、付近にいた兵たちがいっせいに吹き飛ばされる。
「うわっ!」
 爆風が善吉たちのところまでとどき、二人とも身を屈める。
 大爆発後も、さらに連鎖して弥平の爆弾が次々と暴発していく。

 ヒューン! ヒューン! ヒューン!
 ドバババババン!

 爆弾だけでなく、ロケット花火のような火矢が音を立てて飛び交い、さらに爆竹の音がけたたましく鳴り響く。

「チッ!」
 徳馬は左肩から、深々と突き刺さった飛苦無とびくないを引き抜く。
 放ったのは蔵人である。
「外したか…」
 その蔵人の胸も、徳馬の鎖鎌によって装束ごと肉が切り裂かれている。
 両勢力の頭同士が、それぞれの得物を手にして対峙している。一対一の死闘は、すでに四半刻にわたっていた。
「なにごとじゃ!?」
「……!」
 だがその名勝負も、地の神が狂乱したかのような爆発騒ぎによって打ち切られる。
「ぐっ!」
 不運にも蔵人は、視界に入らない真後ろから飛んできた大国火矢だいこくひやに背中を突き刺さされる。
 ズバーンッッ!!!
 筒内の火薬が爆発し、彼の身体は細かい肉片となって四散する。

 ようやく爆弾がすべて鳴りやみ、水を打ったような静寂が訪れる。あたりには白煙や黒煙が立ち込めている。
 太郎太と善吉は、おそるおそる身を起こす。
 そのとたん、爆発で空高く舞い上がっていた敵味方の肉片が、ボタボタと雨あられのように降ってくる。
「うわっ!?」
 生首まで降ってきて、それが気力だけで起き上がろうとしていた瀕死状態の黒太刀者の脳天に直撃し、
「ウゴッ!」
 と今度こそ息の根が止まったりする。

 ──再び静寂が訪れる。
 太郎太と善吉は、呆然と周囲を見わたす。
 あたり一面、死屍累々の地獄絵図。敵味方とも、動ける者は残りわずかしかいない。
「おい、あれ!」
 善吉は少し先を指さす。
 盾となった警固衆は全滅しているが、守られていた弾正だけはまだ生きており、フラつきながらも一人で山道の方へ逃げていく。
「わしらで捕えよう!」
「承知した!」
 太郎太と善吉も駆け出し、山道に入る。
「いたぞ!」
 早くも、逃げている弾正の後ろ姿をとらえる。おぼつかない足取りだ。
「うりゃ!」
 先に善吉が追いつき、背後からタックルする。
 よろめいて倒れかけながらも、弾正は善吉を振りはらおうと抵抗する。
「逃げるな、卑怯者めが!」
 続いて太郎太が、組みついている善吉ごと弾正に体あたりする。

 ドカンッ!
 バタンッ!
 ドタッ!

 三人がもつれるようにして地面に倒れ込む。
「アタタタタ……」
 痛がりながらも、太郎太と善吉はすぐに起きあがる。
「覚悟せい!」
 太郎太はあわてて刀を抜いて、弾正に切っ先をむける。
 その弾正はというと、倒れたままピクリとも動かない。
「………」
 二人は無言で顔を見合わせる。
 太郎太はおそるおそる弾正の顔を覗きこみ、その首に手を当てる。
「どうだ?」
 と善吉。
 太郎太は息を飲んで、
「……死んどる」
「まことか……!」
 次に善吉が、弾正の口と鼻に掌をかざしてみる。
「息をしてない……!」
 太郎太は興奮で打ち震えながら、
「やったぞ!! 古今無双の大手柄じゃ!!」
「信じられん、わしらが……!」
「見たか、惣領め! これがわしらの真の力じゃ!!」
「夢じゃない。まことに成し遂げたんだ……!」
 太郎太と善吉は、あたり一面に響きわたる雄叫びをあげる。
 そのうち太郎太は息が切れてやめるが、善吉はまだまだ興奮がおさまらずに叫び続けている。
 飛び跳ねたり、しまいには地面でゴロゴロ転がったりする。
「やった!! やったぞ!!」
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