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アトラ統一編

タカユキ1

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「うん、おまえでいいか」

 僕の前に立った男の人は適当そうにボクを見て言った。

 僕は自分がどこで生まれたのかも知らない。
 物心ついた時から僕は奴隷だった。
 何も考えることが出来ず、ひたすら戦闘訓練。

 まずで自分を自分の中から見ているようだった。
 そして、戦場に出る前に、僕たちみたいな戦闘奴隷の間引きが行われる。
 奴隷同士で殺しあうのだ。
 特に何も感じなかった、ひたすら目の前の敵を殺す。
 それしか考えられなかった。
 弱い奴は死んでいく、それだけの世界だった。

 戦場に出て思ったことが一つだけあった。
 人間って偉そうな割に、弱いんだな。
 と。

 戦場がどこだろうと関係なかった。
 どうせやることは同じなんだし。

 今回も言われるがまま兵士の後ろをついて歩いていた。
 いつもと変わらない日々。
 この日は違っていた。
 突然、周りの兵士が吹き飛んでいった。

 人ってよく飛ぶんだな。
 そんなことを思った時だった。

「うん、おまえでいいか」

 突然、背後で声がした。
 体に服の模様を描いた変なお兄さんが立っていた。

「悪いけど一緒に来てくれないかな?」

 敵と認識すまでに間が出来た。
 だって、このお兄さん殺気が全くなかった。
 僕たちはさっきに反応するように訓練を受けている。
 考えるよりも体が先に動くように出来ている。
 なのに、全く何の反応も出来なかった。

 目の前の変なお兄さんは攻撃する気が無いみたい。
 なら、いつも通りに殺せばいいだけ。
 そう思って剣をふるう。

「うーん、さすがに素直に来てくれないかぁ」

 まったく当たらない、避けているようにも見えないのに、なぜか当たらない。
 違う、避けているんじゃない。当たらないように動いているんだ。
 そうか、こんな動きもあるんだ。

「よっと」

 軽くお兄さんが声を上げると、僕の意識は途切れた。
 何をされたのかもわからなかった。
 この時、わかったことがあった。
 そうか、僕たち相手じゃ殺気を出す必要が無いほどこのお兄さんは強いんだ。
 僕は死んだと思った。

 気が付いたら、頭がすごいすっきりしていた。
 今まで、頭の中で響いていた「殺せ」と言う言葉も聞こえない。
 生まれ変わったような気分だった。
 周りを見ると知らない場所だった。
 天幕の中だろうか?
 何故か穴が開いている。
 多分僕は捕まったんだ。
 おそらくこれから拷問が始まるんだろう。
 ただ、僕は言われたことだけしかしていないし、何を聞かれても答えられないと思う。

 拷問されるのを想像すると急に体が震えだした。
 なんで?
 今まで、訓練で受けたことは在ったけどこんな気持ちにならなかった。
 いや、なんとも思わなかったのに、なんで?
 逃げ出したい……でも体が動かない。

 目の前にお姉さんがいた。
 さっきのお兄さんもいる、この人が僕を捕まえたんだろう。
 目がちょっと怖い。
 はぁはぁ、息を荒げながら迫ってくる。
 この人が僕を拷問するのだろうか。

 そして、いきなりお姉さんがお兄さんを殴った。
 え?
 天幕に穴から外に飛んで行った。
 それに音が人を殴った音じゃない……あんな鈍い想い音初めて聞いた。
 確信した、このお姉さんが拷問官だ。

 お姉さんの腕が僕の耳に伸びた。
 耳を引きちぎられるのかな。

「だから、キューティーさん落ち着いて!」

 戻ってきたお兄さんがお姉さんを止める。
 でも、また殴られて飛んで行った。

 お姉さんの指が耳に触れた。
 僕は痛みに耐えるよう、体に力を入れた。

 ・・・・・・。

 でも、痛みは来なかった。
 代わりに目の前にとても危ない顔をしたお姉さんがいた。

「ふわぁぁぁぁぁ、ふわぁぁぁぁぁぁ」

 聞いたことのない呪文だった。

「いやぁぁ、なにこれすっごいもふもふ」

 もふもふ?

「ねぇ、ねぇ、尻尾も触って良いかな!?」
「う、うん……」

 触る?
 力任せに引っ張られると思っていたのに。
 僕の尻尾と耳をお姉さんは優しく触ってくれていた。

「あぁぁぁ、すっごいシャンプーしてあげたい、もっともふもふになるわ!」

 なんだかよく解らないけど、お姉さんは興奮しているようだった。

「そ、そこの獣人の…男の子…にげ……るんだ……」

 這って戻ってきたお兄さんが息も絶え絶えにそう言った。
 そして、今度は蹴り飛ばされて夜空に消えていった。
 あのお兄さん、死んだんじゃ……。

「決めた! あなた、私の弟になりなさい!」

 え!?
 お、弟?

 それからお姉さんが色々と説明してくれた。
 僕が魔法で洗脳状態だったこと。
 その魔法を解除したので今は自分で考える事が出来る。
 勇者の称号はこれから解除する事。
 そして、戦争では僕と同じ子供たちは殺さない事。

 いや、無理だよ。
 僕たち大人より強いんだよ?

「大丈夫、私たちはもっと強いんだから。アルに手も足も出なかったんでしょ?」

 アルって、さっき夜空に消えていったお兄さんかな?
 確かにあのお兄さんは強かったけど……。

「大丈夫よ、みんな元に戻してあげるから。だから安心して待っていてね」

 そう言って僕を抱きしめたお姉さんの顔はとてもやさしかった。
 すごい心が楽になったような、何かが溶けたような感じだった。
 これが、安心するって事なのかな……。

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