Réglage 【レグラージュ】

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グロトリアン・シュタインベルク 『シャンブル』

48話

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「こんにちは……」

 昨日のように、サロメは元気に挨拶してカムフラージュすることもできず、すぐにマチューには気づかれた。今日は普通に営業している。人目も多い。

「もうやばいじゃん。今日は休みなって。ほら、ゆっくりしていいから。なにか食べる?」

「いや、お腹空いてないんで大丈夫です……」

 サロメは自分でもびっくりする言葉が出た。お腹が空かない。むしろなにか食べると吐き気がする。液体の方がまだいい、カフェオレだけもらうことにした。新しいスイーツ店も調べていない。

「……ダメだと感じたら、こっちでやめさせるからね」

 淹れたてのカフェオレを手渡しながら、マチューは約束を結んだ。

 申し訳ないと思いつつも、調律は進める。こんな後ろ向きな気持ちで調律するのは初めてだ、と悲しくなるが、サロメはお金をもらっている以上プロであるべきだと考えている。そういった意味では、お客様に心配をかけてしまっている自分はプロ失格なんじゃないかと責めた。よく考えたら人の家のものも勝手に食べたらダメだ。

(ここが終わったら、少しランベールの言うことも聞いてみようか。いや、なに弱気になってんだっての)

 少し余裕が出てきて、ふいに笑みがこぼれた。相変わらず雑音はやまない。だけど、待ってくれている人がいることが、力になっている。サロメは必ずこのピアノで世界を繋ぐと約束した。

(雑音が……響く……! でももう少し、もう少しだけ……!)

 調律はうまくいっている。倍音を避ける調律は、音量を下げる以外にも伸びが出るという良さもある。一長一短だが、どちらかといえばドイツで主流となっている調律法。唸りよりも基音を軸とした調律。ピアノもドイツ。こちらのほうが合っているのかもしれない。

「……ふぅ……!」

 雑音が聴こえる。

「まだ……! まだ……!」

 雑音が聴こえる。

「もう少し……」

 雑音が聴こえる。

「ここさえ合えば……!」

 雑音は、聴こえない。
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