Parfumésie 【パルフュメジー】

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重々しく。

159話

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「……は? あたし……?」

 感情? 今の感情なんて考えたことなかった。イリナは目だけ周囲を探る。瞬きをせずに質問を理解し、とりあえずの答え。

「……悲しいとかよりは……怒り。自分に対しての」

「わかってんじゃん」

 不敵に笑むサロメ。いつの間にか足を組んで座っている。イスは元に戻した。

 相変わらず話をややこしくする少女の完全覚醒に頭を抱えつつ、ルノーはサクサクと話を前へ。

「ちょっと静かにしときなさいな。そう、怒りといえばどちらかというと、フォルテで表現したくなる人も多い。怒鳴り声からきてると思うけど」

 怒りはフォルテやフォルテッシモだとわかりやすい。だが、問題はそこではない。

「でも実際には、怒りを溜め込んでいる時はピアノにもピアニッシモにもなる。静かな怒り。それに笑いながら怒る人も、泣きながら喜ぶ人も。それはピアノ? フォルテ? スタッカートが多いから躍動感のある楽しい曲? 無理やりの作り笑顔で跳ねてるだけじゃ? あんたは考えたことあった?」

 譜面に書かれた作曲家の魂。なにを感じてほしいか。なにを表現しているのか。どういった意味のピアノで、どういった意味のフォルテか。ただ習った通りの読み方では、読み切ることができない。だからこそ、ひとつの曲を理解するのに時間がかかるし、人によって解釈が違う。サロメが伝えたいのはそこ。

 ルノーもその流れに乗る。

「モーツァルトなんかはこのへんが上手いね。オペラも観ると、よりわかりやすい。まずは、歌から入るのもアリだと思う」

 彼の言う通り、オペラは歌と演技があるおかげで、感情の起伏が読み取りやすい。そこから入る者も多い。

 だが、音というものは非常に曖昧で自由。譜読みをし、作曲家の意図を読み込んで自身の感情を乗せるタイプもいれば、これらを全て無視し、自由に身を任せて弾くことで輝くタイプもいる。イリナは前者だ。

「……なんとなくわかった、けどどうすればいい……? その人が、全て捨てる覚悟があるなら、って……」

 理論と自身の甘さは認識した。それでも、弾ける気がしない。弾きたいのに、色々な感情が混ざって。ピアノに真っ直ぐ向かえない。

 一気にサロメの顔が険しくなる。

「はぁ?」

 そして社長を睨む。また余計なことを。

 睨まれたルノーは目線を外し、ヤバい、と目が泳ぐ。

「いや、うん……まぁ、ほら、ほっとけないし?」

 ピアノを愛するがゆえ。ピアノに絶望する人をひとりでも助けたいのは、衝動みたいなものなのでしょうがない。
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