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重々しく。
154話
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「たしかに。ワルツは基本は舞曲だから、明るく弾むような曲が多いけど、秋の夕暮れの寂しさは心に染み入るわ」
日が沈む光景がヴィズの目に浮かぶ。楽しく外遊びしていた時間が終わるように。確実にくる夜の気配。
「それで、怪しさを表現するなら」
さらにカルメンは次なる情景へ。ハチャトゥリアン作曲『仮面舞踏会』。絢爛な雰囲気に見え隠れした、影のある緊張感。魅惑で蠱惑。離れたいのに離れられない。迫力のある音に紛れた暗躍する思惑。オーケストラではなくピアノ独奏にも関わらず、映像が脳裏に飛び込んでくる。
「もういいわ。はい、あなたが一番よ。金賞」
実際、ヴィズにはお手上げ。独自の世界観を持つ彼女のピアノは、聴いていて楽しい。次になにが飛び出すかわからない。
次のワルツを弾こうとしていたところを止められたカルメン。弾き足りない、踊り足りない。指先だけクルクルとまわる。
「で、なんでワルツ?」
突然思いつくようなものではないはず。なにかしら理由が。と、いうところで「もしや」と思いついた。
小さく頷いたヴィズ。
「次のブランシュの曲。サン=サーンス『死の舞踏』。誰が弾くのかって気になって」
「なるほど、やっぱり。だからワルツ。ならもう答えは出てる」
大きく頬を膨らませるカルメン。次のワルツに手を伸ばす。溜まった欲求をここで吐き出そう。
その集中力と貪欲さ。ヴィズの中でも結論となる。
「はいはい。今回もあなたが——」
「イリナしかいない。その曲はあいつのもの」
ギロック作曲『ウィンナーワルツ』。カルメンの奏でる、簡素ではありつつも優しく温かい音色が発言を遮る。
飛び出した名前に目を見開くヴィズ。
「……え? イリナ?」
心臓が大きく跳ね、じんわりと緊張が生まれた。
手を、指を止めずに続けるカルメン。強い意志で推薦する。
「他のワルツなら私が。シューベルトでもリストでもワルトトイフェルでも。だけど、その曲はイリナが一番いい」
ふと、彼女を意識してか、ピアニッシモをより繊細に。いや、あいつならもっと。
一度、逸る気持ちをヴィズは抑える。目を瞑り、深呼吸。
「……あなた知らないの? 今、イリナは——」
「知ってる。調子を崩している。酷いピアノ。幼稚園からやり直せって言いたい」
少しだけ、カルメンの演奏が荒れる。テンポが上昇気味。苦虫を噛み潰したような顔。
「……いや、なにもそこまで」
さすがにそれは言い過ぎだろう、と止めに入るヴィズだが、五人の中では一番一緒にいる期間が長い二人。他ではわからない葛藤のようなものがあるはず。あえてここは触れないほうがいい。
穏やかさを取り戻しつつ、曲を弾き終えたカルメンは、静かにイスから立ち上がる。
「でも、あいつが今を乗り越えた時、きっとすごいことになってることも知ってる。だから、この曲は私じゃない」
真っ直ぐ、眠そうだった目がヴィズを貫く。一点の曇りもなく、信じ切っている。自分以上の『死の舞踏』を奏でられるヤツが身近にいると。
日が沈む光景がヴィズの目に浮かぶ。楽しく外遊びしていた時間が終わるように。確実にくる夜の気配。
「それで、怪しさを表現するなら」
さらにカルメンは次なる情景へ。ハチャトゥリアン作曲『仮面舞踏会』。絢爛な雰囲気に見え隠れした、影のある緊張感。魅惑で蠱惑。離れたいのに離れられない。迫力のある音に紛れた暗躍する思惑。オーケストラではなくピアノ独奏にも関わらず、映像が脳裏に飛び込んでくる。
「もういいわ。はい、あなたが一番よ。金賞」
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突然思いつくようなものではないはず。なにかしら理由が。と、いうところで「もしや」と思いついた。
小さく頷いたヴィズ。
「次のブランシュの曲。サン=サーンス『死の舞踏』。誰が弾くのかって気になって」
「なるほど、やっぱり。だからワルツ。ならもう答えは出てる」
大きく頬を膨らませるカルメン。次のワルツに手を伸ばす。溜まった欲求をここで吐き出そう。
その集中力と貪欲さ。ヴィズの中でも結論となる。
「はいはい。今回もあなたが——」
「イリナしかいない。その曲はあいつのもの」
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飛び出した名前に目を見開くヴィズ。
「……え? イリナ?」
心臓が大きく跳ね、じんわりと緊張が生まれた。
手を、指を止めずに続けるカルメン。強い意志で推薦する。
「他のワルツなら私が。シューベルトでもリストでもワルトトイフェルでも。だけど、その曲はイリナが一番いい」
ふと、彼女を意識してか、ピアニッシモをより繊細に。いや、あいつならもっと。
一度、逸る気持ちをヴィズは抑える。目を瞑り、深呼吸。
「……あなた知らないの? 今、イリナは——」
「知ってる。調子を崩している。酷いピアノ。幼稚園からやり直せって言いたい」
少しだけ、カルメンの演奏が荒れる。テンポが上昇気味。苦虫を噛み潰したような顔。
「……いや、なにもそこまで」
さすがにそれは言い過ぎだろう、と止めに入るヴィズだが、五人の中では一番一緒にいる期間が長い二人。他ではわからない葛藤のようなものがあるはず。あえてここは触れないほうがいい。
穏やかさを取り戻しつつ、曲を弾き終えたカルメンは、静かにイスから立ち上がる。
「でも、あいつが今を乗り越えた時、きっとすごいことになってることも知ってる。だから、この曲は私じゃない」
真っ直ぐ、眠そうだった目がヴィズを貫く。一点の曇りもなく、信じ切っている。自分以上の『死の舞踏』を奏でられるヤツが身近にいると。
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