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自由な速さで。
99話
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「で、どう? いけそう?」
本題である『新世界より』。準備のほうを、ニコルはフォーヴに問う。なにやらすごい演奏だった気はするが、肝心のベルはどうなのか。
実力としては申し分ない。フォーヴは肯定する。
「見ての通りだ。演奏自体に問題はないだろう。あとはブランシュ次第だね。どう香りを見つけられるか」
「ですね。『新世界より』、やってみましょう」
緊張がブランシュに襲いかかる。が、それよりもワクワクしてくる。あぁ、ダメだ。楽しみたいだけなのに。それ以外のやましい気持ちが、欲が出てしまう。より高く。先へ。
「あれ? メンデルスゾーンはもういいの?」
第二楽章を弾く気満々だったが、どうもそうではなさそう。ベルはどうしようか、困り顔になる。
「一応、指慣らしが目的だったからね。第三と第四楽章も気になるけど、まずは『新世界より』を。じゃ、頼むよ」
フォーヴが場をまとめる。本番はこちらだ。集中を高めて、音を聴き漏らさないように。
二人の空気が変わったのを感じ、ベルもスイッチを入れ替える。メンデルスゾーンからドヴォルザークへ。
「任せて」
鍵盤が待っている。そんな感覚は久しぶりだ。さすがスタインウェイ。家のピアノよりも響く。最高の環境。さぁ、始めよう。
ドヴォルザークの見た新世界。それはどんなものなのか。みんなで見てみよう。
そんな中、ひとり安堵の息を吐く者がいる。ニコルだ。
(ふぅー、なんとかなりそうでよかった。ベル・グランヴァルか。予定にはないね。しかしなるほど、あの人が認めているってことか。ほんじゃま、私は——)
危惧していた事態は避けられた。三人はそれぞれ、持てる力を出して弾くだけ。それだけ。
(アディオス!)
静かにニコルは消える。
その後、どれくらい演奏していただろう。少しずつ肌に音が馴染んでくる。指が違いを生み出す。耳が違いを聴き分ける。また音を肌に刻む。何度も繰り返し、そして。
「あれ? ニコルは?」
ベルはホール全体を見渡した。が、ニコルはいない。いつの間に。
気づいたらホールには三人のみ。出て行ったことも気づかないほどに集中していた。だが、おかげでかなりまとまりつつある。限界の限界で練習して血となる。休憩してそれを体や脳に保存する。
「いつも急にいなくなる人ですから。ほっときましょう。ご飯の時間に帰ってきますよ」
少しずつ、ニコルの生態にブランシュは慣れてきている。どうせ心配しても、何事もなかったかのように登場する。信用、というか信頼。面と向かって言いたくはないが。困ったらたぶん、来てくれる。だが。
(それよりも、早く弾きたい。おそらく『新世界より』は完成する。でも、前回も今回も、運で勝ち取ったにすぎない。今のままじゃ、きっと、この先……)
欲が、大きくなる。
本題である『新世界より』。準備のほうを、ニコルはフォーヴに問う。なにやらすごい演奏だった気はするが、肝心のベルはどうなのか。
実力としては申し分ない。フォーヴは肯定する。
「見ての通りだ。演奏自体に問題はないだろう。あとはブランシュ次第だね。どう香りを見つけられるか」
「ですね。『新世界より』、やってみましょう」
緊張がブランシュに襲いかかる。が、それよりもワクワクしてくる。あぁ、ダメだ。楽しみたいだけなのに。それ以外のやましい気持ちが、欲が出てしまう。より高く。先へ。
「あれ? メンデルスゾーンはもういいの?」
第二楽章を弾く気満々だったが、どうもそうではなさそう。ベルはどうしようか、困り顔になる。
「一応、指慣らしが目的だったからね。第三と第四楽章も気になるけど、まずは『新世界より』を。じゃ、頼むよ」
フォーヴが場をまとめる。本番はこちらだ。集中を高めて、音を聴き漏らさないように。
二人の空気が変わったのを感じ、ベルもスイッチを入れ替える。メンデルスゾーンからドヴォルザークへ。
「任せて」
鍵盤が待っている。そんな感覚は久しぶりだ。さすがスタインウェイ。家のピアノよりも響く。最高の環境。さぁ、始めよう。
ドヴォルザークの見た新世界。それはどんなものなのか。みんなで見てみよう。
そんな中、ひとり安堵の息を吐く者がいる。ニコルだ。
(ふぅー、なんとかなりそうでよかった。ベル・グランヴァルか。予定にはないね。しかしなるほど、あの人が認めているってことか。ほんじゃま、私は——)
危惧していた事態は避けられた。三人はそれぞれ、持てる力を出して弾くだけ。それだけ。
(アディオス!)
静かにニコルは消える。
その後、どれくらい演奏していただろう。少しずつ肌に音が馴染んでくる。指が違いを生み出す。耳が違いを聴き分ける。また音を肌に刻む。何度も繰り返し、そして。
「あれ? ニコルは?」
ベルはホール全体を見渡した。が、ニコルはいない。いつの間に。
気づいたらホールには三人のみ。出て行ったことも気づかないほどに集中していた。だが、おかげでかなりまとまりつつある。限界の限界で練習して血となる。休憩してそれを体や脳に保存する。
「いつも急にいなくなる人ですから。ほっときましょう。ご飯の時間に帰ってきますよ」
少しずつ、ニコルの生態にブランシュは慣れてきている。どうせ心配しても、何事もなかったかのように登場する。信用、というか信頼。面と向かって言いたくはないが。困ったらたぶん、来てくれる。だが。
(それよりも、早く弾きたい。おそらく『新世界より』は完成する。でも、前回も今回も、運で勝ち取ったにすぎない。今のままじゃ、きっと、この先……)
欲が、大きくなる。
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