Parfumésie 【パルフュメジー】

文字の大きさ
上 下
98 / 208
自由な速さで。

98話

しおりを挟む
 現状の把握に困った顔をするブランシュ。なぜこれほどまでの腕で無名なのか気になる。

「それと同時に、もっと話題になっててもいいような気もしますけど……」

 コンクールなどはともかくとして、学園内でも知られていない。ヴィズ達もとりたてて褒めてもいない。気になる。

 顎に人差し指を当て、考える仕草をしながらベルは答える。

「まぁ、一時期辞めてた時期があったからね。それにそう、さっきも言ったけど、なーんかいつも、ピアノが合わないの。弾きづらいというか。でも今日はすごい弾きやすくて、いつもこうだったらいいのに」

 うーん……と、今度は腕を組んで悩む。ノリに乗れている時の演奏はいいはず。なんでかね、と自身に問いかける。

 それをブランシュは冷静に分析してみた。

(調律にかなり左右される、ということですか。たしかに、その人専用のピアノならともかく、プロのリサイタルやコンサートでもない限り、合わせてくれることはありません。でも、なぜ今日に限って?)

 それと、ブランシュとフォーヴは実際に合わせたからわかることがある。ピアノではありえない技術。理論上、可能であり不可能。驚愕すべき。

 『ビブラート』している。

 ビブラート。音を震わせる、揺らすテクニック。感情をより鮮明に表現することができる。

 ピアノは弦をハンマーという機構で『打つ』楽器であり、打った後の音は少しずつ消えていくのみ。ヴァイオリンやチェロのように、指で押さえた弦を震わせて、音を揺らすことはできない。これが不可能な理由だ。

 ただし、鍵盤を押した際、若干ではあるが『遊び』の空間が存在する。ギチギチと詰まっていては、鍵盤が押し込まれたり戻ったりする動作に支障が出るため、ほんの少しだけ緩さがある。ただし、緩すぎては弾きづらさを招き、固すぎては表現力の欠如に繋がる。そのため、〇・〇一ミリ単位での、その人物に合った『遊び』を作り、押した瞬間に震わせることで、理論上はビブラートは可能となる。

 ただしあくまで『理論上』の話であり、高速で動かす指が、狙った鍵盤で〇・〇一ミリの単位で動かすなど、それこそ技術の極致にある。だが。

(信じられないことですが……たしかに要所要所でビブラートしていました。この方は一体……何者なんですか……? いや、それよりもそれを可能にした調律師。これもまた超一流。こんな世界があるんですね……)

 ただ、先の通り、かなり調律に左右されるという揺らぎは、長所でもあり短所でもある。ブランシュと同じで、常に限界値の演奏ができないという点では、安定感がない。ヴィズ達三人との優劣はやはりない、とブランシュは考える。どの方もそれぞれの良さが突出している。

(まいったね、そこそこ自分の腕に自信はあったんだが。こんなの聴いちゃったらね。また一から鍛え直しだ)

 先を見据えると、吐きそうになるくらい果てしない道のりだが、不思議とフォーヴは楽しいという感情に包まれている。たった一〇分で人は変わる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

処理中です...