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自由な速さで。
72話
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「フォーヴさんは、おひとりで旅行に来られたんですか?」
道すがら、ブランシュは素朴な疑問をぶつける。EU圏内であるため、たしかに行き来しやすい間柄ではあるが、それでも立派な海外旅行だ。しかもチェロを背負って。演奏旅行などではないのか、若干気になる。
問われて、少し難しい顔をしながらもフォーヴは答える。
「寂しいヤツってわけじゃないよ? ひとり旅が好きでね。休日が一日でもあれば、ドイツやイタリア、スペインなんかも行っちゃうね。カフェ巡りなんかも好きだし。知ってるかい? ドイツには、その人にピッタリの紅茶を選んでくれるカフェなんかが——」
ひとつ聞かれたら一〇返す。たったひとつ質問しただけなのだが、『WXY』に着くまでの五分ほど、フォーヴは喋り続けた。否、着いてからも喋る。店内店外で数多く写真を撮る。本当に観光に来ていただけだった。
店内は、ショーケースの中にボンボンやプラリネなどが大量に並べてあり、それらを箱詰めしたものが売られている。頼めば試食できるので、三人は気になったものを試食し、購入する。いつもはお菓子類は隠しておいてもニコルに見つけられ、だいたいは食べられてしまうブランシュにとっては、落ち着いて食べられる滅多にない機会のため、いつもよりショコラの甘さやビターが身に染みる。
カフェのほうも祝日ということもあり、かなり混み合っているが、三分ほど待つと席は空いた。四人がけのテーブル席でブランシュとフォーヴが隣。先ほどまでも喋っていた気もするが、注文をし、歩き疲れた足を休めつつ喋る。
が、対面のニコルは先に本題を告げる。
「まぁ、ここで会ったのもなんかの縁だからね。ツアーガイド代とホテル代浮かせてあげるから、一曲ね、手伝ってほしいわけ」
ホテル代。ブランシュはなんとなく、嫌な予感はする。
観光目的で来ているはずのフォーヴだが、一曲手伝ってほしいという要求にも関わらず、即答した。
「いいよ。なんの曲?」
詳しく説明する準備をしていたニコルだが、肩透かしをくらって逆に気まずそうな顔になる。もちろん、ギャスパー・タルマの名前を出すわけはないが、説明がないならないに越したことはない。
「早っ。まぁ助かるけど」
「ドヴォルザーク『新世界より』、この曲を深く掘り下げたいんです」
ここから先はブランシュの出番。クラシックを嗜む同士でしかわからないこともある。語れないこともある。細かいことを通じ合わせるには、直接話してしまった方がいい。
注文した三人ぶんのショコラショーが届いた。加えるシャンティクリームは、店によってはフロートさせて持ってくるが、ここの店は銀のサンデーグラスに入れて持ってくるタイプ。なんとなくオシャレ。好みで適量追加する。
少量クリームを溶き、先にフォーヴはひと口飲む。温まる。そしてやはり、いいカカオを使っている。壁に貼ってある男性の写真は、生産者だろうか。そしてもうひと口。
「名曲だね。問題ない。でも私だけでいいのかい? 交響曲だから必要だろう。特にホルンとか」
道すがら、ブランシュは素朴な疑問をぶつける。EU圏内であるため、たしかに行き来しやすい間柄ではあるが、それでも立派な海外旅行だ。しかもチェロを背負って。演奏旅行などではないのか、若干気になる。
問われて、少し難しい顔をしながらもフォーヴは答える。
「寂しいヤツってわけじゃないよ? ひとり旅が好きでね。休日が一日でもあれば、ドイツやイタリア、スペインなんかも行っちゃうね。カフェ巡りなんかも好きだし。知ってるかい? ドイツには、その人にピッタリの紅茶を選んでくれるカフェなんかが——」
ひとつ聞かれたら一〇返す。たったひとつ質問しただけなのだが、『WXY』に着くまでの五分ほど、フォーヴは喋り続けた。否、着いてからも喋る。店内店外で数多く写真を撮る。本当に観光に来ていただけだった。
店内は、ショーケースの中にボンボンやプラリネなどが大量に並べてあり、それらを箱詰めしたものが売られている。頼めば試食できるので、三人は気になったものを試食し、購入する。いつもはお菓子類は隠しておいてもニコルに見つけられ、だいたいは食べられてしまうブランシュにとっては、落ち着いて食べられる滅多にない機会のため、いつもよりショコラの甘さやビターが身に染みる。
カフェのほうも祝日ということもあり、かなり混み合っているが、三分ほど待つと席は空いた。四人がけのテーブル席でブランシュとフォーヴが隣。先ほどまでも喋っていた気もするが、注文をし、歩き疲れた足を休めつつ喋る。
が、対面のニコルは先に本題を告げる。
「まぁ、ここで会ったのもなんかの縁だからね。ツアーガイド代とホテル代浮かせてあげるから、一曲ね、手伝ってほしいわけ」
ホテル代。ブランシュはなんとなく、嫌な予感はする。
観光目的で来ているはずのフォーヴだが、一曲手伝ってほしいという要求にも関わらず、即答した。
「いいよ。なんの曲?」
詳しく説明する準備をしていたニコルだが、肩透かしをくらって逆に気まずそうな顔になる。もちろん、ギャスパー・タルマの名前を出すわけはないが、説明がないならないに越したことはない。
「早っ。まぁ助かるけど」
「ドヴォルザーク『新世界より』、この曲を深く掘り下げたいんです」
ここから先はブランシュの出番。クラシックを嗜む同士でしかわからないこともある。語れないこともある。細かいことを通じ合わせるには、直接話してしまった方がいい。
注文した三人ぶんのショコラショーが届いた。加えるシャンティクリームは、店によってはフロートさせて持ってくるが、ここの店は銀のサンデーグラスに入れて持ってくるタイプ。なんとなくオシャレ。好みで適量追加する。
少量クリームを溶き、先にフォーヴはひと口飲む。温まる。そしてやはり、いいカカオを使っている。壁に貼ってある男性の写真は、生産者だろうか。そしてもうひと口。
「名曲だね。問題ない。でも私だけでいいのかい? 交響曲だから必要だろう。特にホルンとか」
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