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パリとベトナム。

198話

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「……違います」

 違くはない。喋る度にボロが出そう、とユリアーネの胸が苦しくなる。いいように動かされている。最初の会話で見抜かれる。

 このまま立ち話もなんだし。下のベッドをベンチ代わりに座るリディア。

「まぁまぁ。そんな敵視しないでよ。仲良くしようよ。少なくとも、ユリアーネを悲しませたりなんてこともしない。むしろ力になりたいと思ってるくらい」

「力?」

 力、と言われても。別に困っていることは……特にユリアーネには思い当たる節はない。平穏に生活できて、お店が繁盛して、そして今回は無事にベルリンに帰れたら。それくらいなもの。

 もし力になってもらえるとしたら。それはカフェ経営くらいなもので。

 足を組んだリディアは、さも当然そうに澱みなく話を進行させる。

「同じくらいの年齢で友達、ってのがほとんどいないもんでね。お茶したり、お喋りしたり。せっかくこうやってパリまで来れたんだから」

 人間を観察することが趣味だから。というのもひとつの理由。対象は誰でもいい。誰であっても興味を持てるから。誰であっても愛せるから。

 たしかに、言っていることの理屈は通っている気がする。同じドイツ出身。同じ学院。同じ境遇。断る理由をユリアーネは見つけられないでいる。

「……そうですか。ではコーヒーと紅茶、どちらが好きですか?」

 そんな当たり障りのない質問。天気とどっちにしようか迷ったが、すでに日も暮れてそんな状況ではない。自分が話せること、となるとこれくらいしか思いつかなかった。紅茶だったらそこで話は終わるかもしれない。

 ふむ、と悩む仕草のリディア。どっちのほうがより飲むかな。よし。

「コーヒーだね。紅茶も悪くないんだけど、シンプルにエスプレッソ。知ってる? イタリアでは南北で全然味が違うんだ」

 南と北。どっちも良さがあって、どっちがいいとは決められないけど。表面の泡、クレマが分厚いと砂糖を入れた瞬間、一瞬だけ待って落ちていく。あの過程がなんとも言えない趣がある。

 それを聞いた途端、静まり返っていたユリアーネの血が沸く。

「……! わかります、ローストの深さやブレンドの割合に地域性があり、南のほうは工場地帯も多く、ガツンとした強めの野生味がある味が好まれたことがきっかけで——」

 そこまで解説したところで、ハッと気づく。立ち上がって前のめり。テーブルウェアについて話すときのオリバーさんのようだ、と。

「それで?」

 組んだ足で頬杖をつくリディア。口元と目元には笑み。興味を引き出せてよかった。
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