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ショコラーデと紅茶。
158話
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ベルリン。夜二〇時過ぎ。クリスマスマーケットの準備が着々と進む街中。木々には暖かい色の電球が取り付けられ、月末からは本格的に開始される。様々な広場などで開催されるわけだが、とりわけドイツはヨーロッパでも屈指の規模を誇る。
ヨーロッパでも最も美しい広場と名高い、ベルリンの『ジャンダルメン広場』や、カイザーヴィルヘルム記念教会前などでは、百以上の屋台が立ち並び、プログラムが人々の熱気を煽る。気温ひと桁の寒気も、跳ね返しそうなほどに盛り上がりを見せていく。
「……たまたま見かけたんだけど、あの子、なんかややこしいことになるかもよ」
煌めくベルリンの街中を歩く、バイト終わりのアニー・ユリアーネ・ウルスラ。その横を、頭まですっぽり真っ黒なフードで覆った人影がすれ違うと、誰かに電話をかけだした。
その通話相手は電波の先で首を傾げる。
《あの子?》
全く誰のことか予想がつかない、という風に短く返した。否、予想がつきすぎて絞り込めない、というほうが正しい。
ハッ、と笑ってその人影は「ほら、あれだよ」と過去を呼び覚ます。
「アリカ達に色々いじくられた子だよ。ウルスラ・アウアースバルト。あの子がアニエルカ・スピラに接近してる」
アリカ、と自身を呼ぶ少女。睡眠不足を体現するかのような、目元のクマ。明らかに不健康な生活を送っている顔色。だが饒舌で気分はハイ。楽しそうなことになりそうな予感には、敏感に反応する。
《達、って別に俺はなにもしていない。両方ともキミが関わっただけだ。巻き込まないでほしいね》
冷静に通話先の相手は、アリカを切り捨てる。ほんの少しだけ手伝いはしたが、責任を負うつもりもない。自分とはもう無関係。
そんな冷たい態度で接してくる相手に、アリカはむしろゾクゾクと興奮する。あぁ、やっぱりこの人はこうじゃなきゃ。
「とか言っちゃって。あんたほどの悪人はいないよ。しかし、なんでこんなことになってるのかね。まぁ、なにも覚えていないだろうけど、二人とも」
《詰めが甘かったんだろう。どこかでアニエルカさんの名前を出してしまったのを、朧げに覚えていたのかもね。そうだとしたらキミのミスだ。俺は一切していない》
ウルスラがアニーに近づいたことの、お互いに原因究明。答えが出ないことはわかっているが、反省する点は反省して、次に活かす。そのためにも、ひとつひとつ突き詰めていかねば。
だが、それほど真剣に考えるのは時間とカロリーの無駄。次はもっと、徹底的に深層から根こそぎ、記憶の断片すら残さないように、強めに処方すればいいだけ。アリカは唸りながら、頬に溜めた空気を全て吐き出す。
「別にいいか。アニエルカのほうは記憶を奪ったわけじゃない。でも気づいてもいない。結びつくことはないだろ」
最初からなんの意味もない電話。ただ、声が聞きたかっただけ、なのかもしれない。
通話の相手の声の温度がさらに下がり、アリカに突き刺さる。
《どうでもいい。切るぞ》
と言い終わる頃には切れている。怒りよりも退屈、そんな残滓が漂う。
一方的に打ち切られたアリカだが、耳にはまだ『あの人』の声が残っている。今日も聞けた。嬉しいという感情が優先される。
「あーらら。甘いことで」
振り返ると、もう三人はいない。紛れて見えなくなったのか、それともどこか角を曲がったのか。どっちでもいい。ベルリンの夜はまだ、始まったばかり。
ヨーロッパでも最も美しい広場と名高い、ベルリンの『ジャンダルメン広場』や、カイザーヴィルヘルム記念教会前などでは、百以上の屋台が立ち並び、プログラムが人々の熱気を煽る。気温ひと桁の寒気も、跳ね返しそうなほどに盛り上がりを見せていく。
「……たまたま見かけたんだけど、あの子、なんかややこしいことになるかもよ」
煌めくベルリンの街中を歩く、バイト終わりのアニー・ユリアーネ・ウルスラ。その横を、頭まですっぽり真っ黒なフードで覆った人影がすれ違うと、誰かに電話をかけだした。
その通話相手は電波の先で首を傾げる。
《あの子?》
全く誰のことか予想がつかない、という風に短く返した。否、予想がつきすぎて絞り込めない、というほうが正しい。
ハッ、と笑ってその人影は「ほら、あれだよ」と過去を呼び覚ます。
「アリカ達に色々いじくられた子だよ。ウルスラ・アウアースバルト。あの子がアニエルカ・スピラに接近してる」
アリカ、と自身を呼ぶ少女。睡眠不足を体現するかのような、目元のクマ。明らかに不健康な生活を送っている顔色。だが饒舌で気分はハイ。楽しそうなことになりそうな予感には、敏感に反応する。
《達、って別に俺はなにもしていない。両方ともキミが関わっただけだ。巻き込まないでほしいね》
冷静に通話先の相手は、アリカを切り捨てる。ほんの少しだけ手伝いはしたが、責任を負うつもりもない。自分とはもう無関係。
そんな冷たい態度で接してくる相手に、アリカはむしろゾクゾクと興奮する。あぁ、やっぱりこの人はこうじゃなきゃ。
「とか言っちゃって。あんたほどの悪人はいないよ。しかし、なんでこんなことになってるのかね。まぁ、なにも覚えていないだろうけど、二人とも」
《詰めが甘かったんだろう。どこかでアニエルカさんの名前を出してしまったのを、朧げに覚えていたのかもね。そうだとしたらキミのミスだ。俺は一切していない》
ウルスラがアニーに近づいたことの、お互いに原因究明。答えが出ないことはわかっているが、反省する点は反省して、次に活かす。そのためにも、ひとつひとつ突き詰めていかねば。
だが、それほど真剣に考えるのは時間とカロリーの無駄。次はもっと、徹底的に深層から根こそぎ、記憶の断片すら残さないように、強めに処方すればいいだけ。アリカは唸りながら、頬に溜めた空気を全て吐き出す。
「別にいいか。アニエルカのほうは記憶を奪ったわけじゃない。でも気づいてもいない。結びつくことはないだろ」
最初からなんの意味もない電話。ただ、声が聞きたかっただけ、なのかもしれない。
通話の相手の声の温度がさらに下がり、アリカに突き刺さる。
《どうでもいい。切るぞ》
と言い終わる頃には切れている。怒りよりも退屈、そんな残滓が漂う。
一方的に打ち切られたアリカだが、耳にはまだ『あの人』の声が残っている。今日も聞けた。嬉しいという感情が優先される。
「あーらら。甘いことで」
振り返ると、もう三人はいない。紛れて見えなくなったのか、それともどこか角を曲がったのか。どっちでもいい。ベルリンの夜はまだ、始まったばかり。
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