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ショコラーデと紅茶。

156話

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 手元に戻ってきたカイロを握りしめるウルスラ。シロクマ。なにか名前でも付けてあげようか、そんなことを考えたりもした。だが。

「……私のものじゃないんだ、これ。でも誰からもらったのかも覚えていない。それより、少し前の記憶が飛び飛びで」

 断片的に覚えているものはある。朝食に、学校、書店のアルバイトに、薬局で買った物。でも、なぜか重要なものが抜け落ちている。そんな不安。

 どこまで踏み込んで、そして聞いていいのかわからないが、ユリアーネはその内容をまずは受け止める。

「記憶喪失というやつですか? ……本当にあるんですね。ですがなぜ私達に?」

 そう、たしかに記憶喪失はふとしたことがきっかけで、戻ることがあるという。だが、それならば初めて経験するカフェ。なぜわざわざ?

 自分自身でも未だ不透明な理由ではあるが、ウルスラはその中身を告白する。

「……アニエルカ・スピラさん、あなたにも同じようなことが起きていないか、それが知りたくて」

 唐突に話に混ざるアニー。まさかすぎて、思考がフリーズする。

「え、ボクっスか? 忘れっぽいのはいつものことっスけど……どうですか?」

 視線を向けられるが、その弱々しいウルスラの瞳の輝きには戸惑うしかできない。心当たりもない。とりあえずユリアーネに尋ねてみる。

 こちらもいきなり話を振られて、虚をつかれたが、ユリアーネはここ最近のアニーを思い出す。記憶喪失……らしき言動はなかった、はず。いつも通り、くっついてきたりや紅茶を淹れてくれたり。勝手に家までついてきたりなどはあったが。
 
「私から見て、アニーさんになにかあったような気はしませんけど……どうしてアニーさんが?」

 そもそもがそこ。アニーとの繋がりがわからない。一体、なにを根拠に?

 だが、それはウルスラにもわからない。ただひとつ、残り香のようにまとわりつくもの。

「……なんとなく覚えてる。誰かが、あなたの名前を呼んでいたような」

 誰か。と、誰か。「アニエルカ」という名前。手がかりはそれだけ。そのことだけで、ここに来た。

 信じられない、というような内心と外見。ユリアーネは他の可能性も挙げてみる。

「……全部、気のせい、ということはないんですか? その記憶喪失も。そのタッシェンヴェルマーも、実は……とか」

 むしろ、その可能性が普通に考えたら一番高いはず。記憶喪失になるよりも、ただうっかり忘れてしまった、そのほうが。

 それについてはウルスラも同意する。自分でも、なにを言っているんだろうと思う。

「……かもしれない。だけど、なにかとんでもないことを忘れている、そんな気がする。あまり思い出したくないような、そんな記憶」

 もしかしたら全く違う人かもしれないし、聞き間違えかもしれない。が、しがみつくものがそれしかない。アニーには申し訳ないが、自分のためだけに近づいた。
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