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エスプレッソとコーラ。

50話

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(さて、困ったわけですが)

 一一月。ベルリンの最低気温、最高気温ともにひと桁となり、街に吹く寒風は肌を突き刺す。日照時間も一〇時間を切り、本格的な寒さを感じだす頃。

「? どうしたんスか? あ、なんか飲みます?」

 壁際の机の上には、店から持ち帰った資料。イスに座りそれを読みながら、難しい顔をしているユリアーネに、アニーが声をかける。ハイツングという暖房器具は備わっているが、それでもパジャマだけでは少し寒い。一枚羽織ってようやくだ。

「ありがとうございます。ではコーヒーを」

 時刻は早朝六時三〇分。ドイツの朝は早い。学校が始まるのも早いが、終わるのも早い。昼過ぎには終わる。ゆえに、早いところだと七時三〇分には授業が始まる。二人が通うケーニギンクローネ女学院は八時から。まだ余裕はある。

「コーヒーでいいんですか?」

 台所から、ひょっこりと顔を出したアニーが問いかける。なにか言いたそうに。

「はい、フィルターで」

 フィルターとはブラック。ヨーロッパではフィルターと呼ぶことも多い。頭をスッキリさせよう、それには苦味がユリアーネは欲しい。

「ほんとにほんとに?」

 スリッパのパコンパコンという音をたてながら、アニーがどんどん近づく。

「……紅茶で。ストレートでお願いします」

「喜んで」

 ユリアーネがアニーのところに転がり込んで数日。毎日ではないが、泊まることで親睦を深めており、お互いのものが部屋に揃いつつある。ユリアーネとしては、たまに色々お話しできたら、程度であったが、アニーは毎日でもいてほしいらしく、中々引き下がってくれない。ゆえに、週の半数以上は泊まっている。

 ちなみにこの部屋は土足禁止で、玄関で靴は脱ぐ。ゆえにお揃いのスリッパが置いてあり、歯ブラシや衣類やマグカップなんかも数点。短期間なら住むことができる。

「それにしても、いつも朝早いですね。私より遅い時がないです」

 資料と睨めっこをしながら、ユリアーネが語りかける。朝のぼんやりした眼で見るには、少し、いや、かなり痛い数字。

「そ、そうっスね。昔から、です、かね」

「?」

 言葉がたどたどしいアニーに疑問を持ちつつも、ユリアーネは紅茶をいただく。豆とコーヒーメーカーは持ち込み済み。朝は基本そっちなのだが、紅茶も嫌いではない。どちらかというと好き。透き通るような、少し赤みがかったオレンジ。優しい温かさ。

「また、昨日とは違う茶葉ですね。ほのかにメントールと、華やかな花の香り。それでいてちょうどいい渋み」

 思わず頬ずりしたくなるような、心地よい香りと温かさ。朝イチということもあり、スッキリとした味わいを欲しくなるが、こちらもちょうどいい喉ごし。思わず目を瞑り、笑顔でため息を吐く。

 その惚けきったユリアーネの姿を確認して、アニーは笑む。

「今日はウバを使っています。リラックスや疲労回復に効果があるんです。難しいことはボクにはわかんないっスけど、頑張ってくださいっス!」

 お店で働くことは好きだが、数字の類はよくわからない。大事なことだというのはわかっているが、誰かに任せようと割り切っているアニーにできることは、これくらいしかない。

 適材適所。アイコンタクトで感じ取ったユリアーネも、つられて穏やかな気持ちになる。

「ありがとうございます」

 もうひと口飲むと、なんだか不思議な気持ちになってくる。朝であまり頭が働いていないとか、そういったこともあるだろうが、二つある窓から見えるベルリンの街。澄み渡る空。自由に飛ぶ鳥。喉を過ぎていく紅茶。

(なんか……平和です。ずっと、こうやって穏やかな日々が続けばいいのですが……)
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