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アニエルカ・スピラと紅茶。

34話

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「……ダーシャさん、店長じゃなかったんですね。そういえば、面接の時に言ってなかったです」

 昨日、面接を受けた部屋で、ユリアーネはダーシャとやっと会話の場を設けることができた。今日一日、色々あった、と思い出すと疲れがドッと押し寄せてくる。と同時に、美味しい記憶もある。

「呼ばれてはいるけどね。いや、呼ばれてはいますけど」

 言ってすぐ、上司だとダーシャは思い直した。いかんいかん。今後も何度かやっちゃいそう。アニーやカッチャなどと同じようについクセで喋りかけてしまう。

 が、ユリアーネは気にしていない。むしろ、慇懃な態度をされるほうがやりづらい。

「普通の喋り方で結構です。オーナーだからと言って、特別偉いとは思いませんし。どんな仕事も、どれかが欠けたら、それこそ家電だってネジ一本なければ完成しないわけですから」

 彼女なりの理論。ビロルやカッチャにも同じように接してほしい。

「そっか。アニーちゃんをね、店長にしたのは僕なんだよ。なんでか、ってのは、たぶんこの先わかると思う」

 遠い目をしながら、ダーシャは感情を込めた。決めた時の判断をたまに、いや、よく後悔するが、それでも間違ってはいないと断言できる。

「なんとなくわかる気がします。彼女は、カフェで提供するのは、食事ではなく『幸せな時間』」

 ユリアーネも同調する。なんだか、放っておけないような、不思議な少女。彼女はそのための中心にあるピース。きっとこの先も、彼女の考え方を支えていく人間が必要なんだと認識している。

「賭けでお店を失うようなオーナーだけど、約束したからね。この店が、お客さんの『憩いの森』になること」

「……『森』ですか?」

「うん」

 ダーシャも口にする『森』。ただ、そのためには、実際のお店の切り盛りも必要だ。自分も奮闘しているが、それでも手が足りないと思うことが多い。もしかしたら、オーナーはこうなるように、わざと負けたんじゃないだろうか。読めない人だし、賭け事が好きだし。ユリアーネちゃんなら、お店を任せられると。違うかもしれないけど、そう思ってみよう。

「アニーちゃんがここの店長になったとき、思い切って店名を変えたんだ。これまで続いてた店名をいきなり変えるのは、来てくれてたお客さんに申し訳ないと思ったんだけど、オーナーもそれでいこうってね。彼女曰く、北欧にとって、森はとても特別な場所らしいんだ」

 たしかに、そうアニーも言っていたとユリアーネは思い返した。まだ自分にはわからないことが多い。北欧も森も、そしてアニーのことも。ひとつひとつ、解き明かしていくしかない。
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