Sonora 【ソノラ】

文字の大きさ
上 下
206 / 232
マルカート

206話

しおりを挟む
 パリ一〇区。〈クレ・ドゥ・パラディ〉では、リオネルが渋い顔でレジカウンターを挟んだ向かいの相手に、自身の考えを述べる。

「アイツらに足りないものがあるとすれば——」

「すれば?」

 相対するのはシルヴィ・ルクレール。顔見知りとなって以来、ちょくちょく訪れては世間話。おかげで他のスタッフとも仲良し。ちゃんと最後には花を購入して帰るので、一応お客さん。

 かなり溜めを作り、首を振りながら言おうか悩み、唸るリオネル。アイツら、というのは娘と息子。〈ソノラ〉を任せてはいるが、なにせまだ一〇代。円熟にはほど遠い。そんな彼女らに足りないもの。

「……『愛』だな」

 その目線の先には真紅のバラ。まさに『愛』。愛。アイ。

 それとは対照的に、目線を上にして発言の意味を考えるシルヴィ。愛。なるほど。

「するってーと……どういうこと?」

 よくわからないので質問してみる。愛。わからん。

 しかしこの道長く、何千何万とお客さんを相手にしてきたリオネルには、確信めいたものがある。

「俺調べだが、 ウチに若い男が一人で花の相談にきたら、十中八九が恋愛がらみだ。やはりM.O.Fの看板はデカい。多少無茶な告白には俺の力が必要と見える」

 残りの数件はミュゲの日か母の日。あとはバレンタインデー。気持ちはわかる。だって俺だし。何気に自分のアピール。

「そんなもんかねー」

 納得いかない、とシルヴィは唇を尖らせる。家で飾りたい人だっているのでは? 

 懐疑的な雰囲気を感じ取ったリオネル。そもそもの花の意味を伝授する必要がある、と講釈。

「花言葉、ってのはどこから生まれたか知ってる?」

 目線は今度はレジ横のユリへ。色によっても違う意味を持つ。ここにあるのはピンクの大輪、学名『スターゲイザー』。

 花言葉。たしかにそれぞれの花が持っている、ということは知っていた。が、花とはそういうものだと。深く考えたことはなかったシルヴィ。今、勘で浮かんできた答えを言ってみる。

「どこかの企業とかが、売るために無理やりつけたとかじゃなくて?」

 例えば、バレンタインデーは特別ななにか、という感覚はフランスにはあまりないが、日本ではショコラの会社が戦略で「バレンタインデーにショコラを贈ろう」と売り出した。結果、少しずつ定着していって、今では愛の告白の日、のような位置付けになっているとのこと。

 ふむふむ、と一定の理解を示すリオネル。間違っちゃいない。

「まぁ、それもあるね。元々はオスマン帝国で『セラム』という習慣があってね。恋人や想い人に小箱にプレゼントを入れて贈るものだったんだが、その中に花もあったわけだ。そこからヨーロッパに伝わって、その『花に想いを込める』ってのが花言葉に繋がるわけ」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ギャルJKが村の長に転生したので軽くデコって大国にしてみた。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:6

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:31,609pt お気に入り:30,099

【完結】薔薇の花と君と

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,838pt お気に入り:43

伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:505pt お気に入り:235

危険な森で目指せ快適異世界生活!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:8,259pt お気に入り:4,217

新人魔女は、のんびり森で暮らしたい!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:278pt お気に入り:26

処理中です...