Sonora 【ソノラ】

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トランクイロ

190話

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 ヴィラ=ロボス作曲『三つの星』。オリオン座の中核となる『アルニタク』『アルニラム』『ミンタカ』。他にも構成する星々は存在するが、等間隔かつ一直線、同じ明度と分類すると、この三つの星が括られる。それを四分ほどにまとめた曲集。

 煌めく星々が降り注ぐような第一曲、星間飛行をしているかのように柔らかな第二曲、まるで箒星が尾を引きながら駆け回っているかの如くハジける第三曲。それぞれが違った輝き方を見せつけつつ、ユーモラスにまとめられた作品。

 一音一音、紡ぎ出すたびにベルの脳内に花が浮かび上がってくる。最初は輪郭、少しずつ色がつき、最後にひとつになる。ハランに挿さる花。そして花器。完成形を想像しながら、再度演奏。三つの星。それがここに。

「……見えた、かも。いや、でももうちょっと煮詰めたほうが……」

 仕上がった。と思いきや、どうしても迷いが生まれる。経験を積めば「これだ」と言い切れるのだろうか。

 その気持ちもわかるシャルルは、砂糖多めの紅茶に口をつけながら、昔の自分を重ねているようで少し笑みが溢れる。

「直感が一番正しかったりしますからね。邪念が入り込んでいない、まっさらな思考。僕はそれを大事にしたいです」

 コトッ、とテーブルにソーサーとカップを置く。ダージリンの華やかな香り、セカンドフラッシュ。深いのコクが体に染み渡る。

 自身にはベアトリスが淹れてくれたエスプレッソがあるが、甘党のベルには正直苦い。気分一新。新しい空気を自分の中に吹き込みたい。じっと紅茶を見つめ、そして。

「……ちょっともらうね。新しいアイディアが降りてきますように……」

 言い終わるより先に口に含む。スッキリとした味わいが喉を駆け抜けた。アイディアとかどうでもいい。美味しい。それだけで充分。

 不満気にシャルルは、口をつけたカップを睨む。

「……飲んでから許可取らないでください……」

 こんなものでいい案が出るなら安いものだけど。もしできたのなら、願掛けで自分もしばらくは紅茶を飲もう。

 二口目にいったところで、ベルがふと、ここに最初に来た時を思い出す。というのも。

「この香り……なんだろ、フルーティーなんだけど、それだけじゃないような」

 ほのかに味と香り。意識がそちらに集中する。

「はい。ダージリンの夏摘みのものは、マスカテルフレーバーがするんです。『紅茶の女王』とか呼ばれたりする、最高級のものなんですよ」

 得意気にシャルルが語る通り、五月下旬から六月下旬までの一ヶ月間のみ摘まれる、ワインのような味わいを持つ力強いボディのダージリン。それこそがマスカテル。
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