Sonora 【ソノラ】

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トランクイロ

180話

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「先の長い話なわけだ……」

 ベルはイメージする。依頼されたアレンジメント。フォームフラワーをユリにするとして。色は? 茎の長さは? 数は? どんな花と組み合わせる? 花器は? ラッピングは? ありすぎて頭がパンクしそうになる。

 難しい顔をしているベルの考えていることが、なんとなくシャルルにはわかる。だが、それはよく陥る罠。

「僕からもひとつ。フローリストとして、お客様を癒すために花にメッセージを乗せる。大事ですが、その視点だけではなにか見落としてしまうことがあります」

 答えを伝えるのは簡単。だが、自ら悩んで得た解答こそが『経験』となる。なので言えない。

 石のようにガチガチになっていたベルの頭。そこに風が吹く。

「見落とす……」

 だが、なんのことかはさっぱりわからない。話を聞いて、そして自分なりのメッセージで背中を押す。それなのに見落とす、とは? 余計に硬くなりそう。

 もちろん、そのアドバイスの意味をベアトリスはわかっている。なかなかにいい導き方。が、なんとなーく気に入らない。いつものこと。

「キリがいいな。そういうことでこれでお開きだ。まだ営業中だ」

 気分次第で閉店する花屋。今日はまだ開けておきたい。予約は入っていないので、来たら、程度だが遊ばれるよりはまだマシ。

 どうせ時間なんか持て余しているだろう。そうレティシアは予想するが、小さく息を吐いた。

「仕方ないわね。他の三種類はまた今度。帰るわよ、シルヴィ」

 だが、当然のごとくシルヴィは駄々をこねる。

「えー、もうちょっと遊んでいかないか? せっかくベアも帰ってきたし」

 彼女からしたら『ちょっとツンの多めな友人』くらいにしか思っていない。ゆえにデレた時の反動を溜めている時間。

 しかしその腕を引っ張り、レティシアは出入り口のドアへ向かう。

「ダメよ。引くときは引く。オードリー・ヘプバーンも言っているでしょう。『他者を優先しないこと、自制心を保てないことは恥である』と」

 勝手に店に押しかけてきたり、シャルルにかまいすぎていることについて、自制心を保てているのかどうかは不明だが、とりあえずこの場は従うことにする。どうせ学校があれば会える。焦ることはない。

 ワンテンポ遅れてベルもついていく。軽く挨拶を済ませ、外に出る。もう夕も暮れ、クリスマスマーケットも近づいて、街は活気付いている。すれ違う人々が、普段の三割くらいソワソワしているような気がする。

「見落とす、ってなんのことだと思う?」

 悩みを抱えたままの帰路。家に着くまでにスッキリとするだろうか。

 頼られるのは嬉しい。嫌いじゃない。だが、レティシアはそれは反則だ、と指摘。

「それ、自分で考えるようにって言ってなかったかしら?」

 イエローカード一枚。二枚目で帰りにお菓子でも買ってもらおう。シャルル争奪戦からの退場とはならないのは、せめてもの情け。

 意見に同調するシルヴィ。よくわかっていないが、雰囲気的に賛成しておこう。

「そうそう。言ったらベルのためにならないから。言わない」

「わかってないんでしょ? まぁ、私もさっぱり。詳しいことはわからないけど、花は自分の言葉を伝えるだけじゃない、ってことね」

 友人のことは簡単に見透かせるレティシアだが、花のついての知識は当然ない。まぁ、焦らずじっくりいけばいいじゃない、と応援はしている。

 気持ちだけ受け取ったベル。もちろんそれで答えは出ないが、元気は出る。

「でも、ベアトリスさんもシャルルくんも、なにか意図があってアレンジメントしてるわけだし。なのに伝えるだけじゃない、ってどういうことなんだろう……」

 元気は出るが、その元気も堂々巡りを繰り返し、少しずつ疲弊していく。脳だけがすり減っていくような。そんな嫌な疲れ。

 とりあえず思ったことは口にしてみるタイプのシルヴィは、逆転の発想を提唱。

「押してダメなら引いてみるってことか? あえて花を出さない、ってのはアリ?」

 案は出すけど、そこからの応用は知らない。誰かがやる。

 考えるまでもなく、返ってくるレティシアの答えは厳しい。

「なしでしょう。花屋に来ているんだから。ただコーヒーだけ飲んで帰るなら、電話でも済む話よ」

 結局まとまらないどころか、余計に風呂敷を広げてややこしくしただけ。若干申し訳ないと思いつつも、このあたりが限界になるだろう。

「うーん……ダメだ、頭痛くなってきた……」

 寝て起きて。そしたら偶然にも神からの啓示が降りてきて。そんな奇跡を信じるベルの足取りは重い。
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