180 / 235
トランクイロ
180話
しおりを挟む
「先の長い話なわけだ……」
ベルはイメージする。依頼されたアレンジメント。フォームフラワーをユリにするとして。色は? 茎の長さは? 数は? どんな花と組み合わせる? 花器は? ラッピングは? ありすぎて頭がパンクしそうになる。
難しい顔をしているベルの考えていることが、なんとなくシャルルにはわかる。だが、それはよく陥る罠。
「僕からもひとつ。フローリストとして、お客様を癒すために花にメッセージを乗せる。大事ですが、その視点だけではなにか見落としてしまうことがあります」
答えを伝えるのは簡単。だが、自ら悩んで得た解答こそが『経験』となる。なので言えない。
石のようにガチガチになっていたベルの頭。そこに風が吹く。
「見落とす……」
だが、なんのことかはさっぱりわからない。話を聞いて、そして自分なりのメッセージで背中を押す。それなのに見落とす、とは? 余計に硬くなりそう。
もちろん、そのアドバイスの意味をベアトリスはわかっている。なかなかにいい導き方。が、なんとなーく気に入らない。いつものこと。
「キリがいいな。そういうことでこれでお開きだ。まだ営業中だ」
気分次第で閉店する花屋。今日はまだ開けておきたい。予約は入っていないので、来たら、程度だが遊ばれるよりはまだマシ。
どうせ時間なんか持て余しているだろう。そうレティシアは予想するが、小さく息を吐いた。
「仕方ないわね。他の三種類はまた今度。帰るわよ、シルヴィ」
だが、当然のごとくシルヴィは駄々をこねる。
「えー、もうちょっと遊んでいかないか? せっかくベアも帰ってきたし」
彼女からしたら『ちょっとツンの多めな友人』くらいにしか思っていない。ゆえにデレた時の反動を溜めている時間。
しかしその腕を引っ張り、レティシアは出入り口のドアへ向かう。
「ダメよ。引くときは引く。オードリー・ヘプバーンも言っているでしょう。『他者を優先しないこと、自制心を保てないことは恥である』と」
勝手に店に押しかけてきたり、シャルルにかまいすぎていることについて、自制心を保てているのかどうかは不明だが、とりあえずこの場は従うことにする。どうせ学校があれば会える。焦ることはない。
ワンテンポ遅れてベルもついていく。軽く挨拶を済ませ、外に出る。もう夕も暮れ、クリスマスマーケットも近づいて、街は活気付いている。すれ違う人々が、普段の三割くらいソワソワしているような気がする。
「見落とす、ってなんのことだと思う?」
悩みを抱えたままの帰路。家に着くまでにスッキリとするだろうか。
頼られるのは嬉しい。嫌いじゃない。だが、レティシアはそれは反則だ、と指摘。
「それ、自分で考えるようにって言ってなかったかしら?」
イエローカード一枚。二枚目で帰りにお菓子でも買ってもらおう。シャルル争奪戦からの退場とはならないのは、せめてもの情け。
意見に同調するシルヴィ。よくわかっていないが、雰囲気的に賛成しておこう。
「そうそう。言ったらベルのためにならないから。言わない」
「わかってないんでしょ? まぁ、私もさっぱり。詳しいことはわからないけど、花は自分の言葉を伝えるだけじゃない、ってことね」
友人のことは簡単に見透かせるレティシアだが、花のついての知識は当然ない。まぁ、焦らずじっくりいけばいいじゃない、と応援はしている。
気持ちだけ受け取ったベル。もちろんそれで答えは出ないが、元気は出る。
「でも、ベアトリスさんもシャルルくんも、なにか意図があってアレンジメントしてるわけだし。なのに伝えるだけじゃない、ってどういうことなんだろう……」
元気は出るが、その元気も堂々巡りを繰り返し、少しずつ疲弊していく。脳だけがすり減っていくような。そんな嫌な疲れ。
とりあえず思ったことは口にしてみるタイプのシルヴィは、逆転の発想を提唱。
「押してダメなら引いてみるってことか? あえて花を出さない、ってのはアリ?」
案は出すけど、そこからの応用は知らない。誰かがやる。
考えるまでもなく、返ってくるレティシアの答えは厳しい。
「なしでしょう。花屋に来ているんだから。ただコーヒーだけ飲んで帰るなら、電話でも済む話よ」
結局まとまらないどころか、余計に風呂敷を広げてややこしくしただけ。若干申し訳ないと思いつつも、このあたりが限界になるだろう。
「うーん……ダメだ、頭痛くなってきた……」
寝て起きて。そしたら偶然にも神からの啓示が降りてきて。そんな奇跡を信じるベルの足取りは重い。
ベルはイメージする。依頼されたアレンジメント。フォームフラワーをユリにするとして。色は? 茎の長さは? 数は? どんな花と組み合わせる? 花器は? ラッピングは? ありすぎて頭がパンクしそうになる。
難しい顔をしているベルの考えていることが、なんとなくシャルルにはわかる。だが、それはよく陥る罠。
「僕からもひとつ。フローリストとして、お客様を癒すために花にメッセージを乗せる。大事ですが、その視点だけではなにか見落としてしまうことがあります」
答えを伝えるのは簡単。だが、自ら悩んで得た解答こそが『経験』となる。なので言えない。
石のようにガチガチになっていたベルの頭。そこに風が吹く。
「見落とす……」
だが、なんのことかはさっぱりわからない。話を聞いて、そして自分なりのメッセージで背中を押す。それなのに見落とす、とは? 余計に硬くなりそう。
もちろん、そのアドバイスの意味をベアトリスはわかっている。なかなかにいい導き方。が、なんとなーく気に入らない。いつものこと。
「キリがいいな。そういうことでこれでお開きだ。まだ営業中だ」
気分次第で閉店する花屋。今日はまだ開けておきたい。予約は入っていないので、来たら、程度だが遊ばれるよりはまだマシ。
どうせ時間なんか持て余しているだろう。そうレティシアは予想するが、小さく息を吐いた。
「仕方ないわね。他の三種類はまた今度。帰るわよ、シルヴィ」
だが、当然のごとくシルヴィは駄々をこねる。
「えー、もうちょっと遊んでいかないか? せっかくベアも帰ってきたし」
彼女からしたら『ちょっとツンの多めな友人』くらいにしか思っていない。ゆえにデレた時の反動を溜めている時間。
しかしその腕を引っ張り、レティシアは出入り口のドアへ向かう。
「ダメよ。引くときは引く。オードリー・ヘプバーンも言っているでしょう。『他者を優先しないこと、自制心を保てないことは恥である』と」
勝手に店に押しかけてきたり、シャルルにかまいすぎていることについて、自制心を保てているのかどうかは不明だが、とりあえずこの場は従うことにする。どうせ学校があれば会える。焦ることはない。
ワンテンポ遅れてベルもついていく。軽く挨拶を済ませ、外に出る。もう夕も暮れ、クリスマスマーケットも近づいて、街は活気付いている。すれ違う人々が、普段の三割くらいソワソワしているような気がする。
「見落とす、ってなんのことだと思う?」
悩みを抱えたままの帰路。家に着くまでにスッキリとするだろうか。
頼られるのは嬉しい。嫌いじゃない。だが、レティシアはそれは反則だ、と指摘。
「それ、自分で考えるようにって言ってなかったかしら?」
イエローカード一枚。二枚目で帰りにお菓子でも買ってもらおう。シャルル争奪戦からの退場とはならないのは、せめてもの情け。
意見に同調するシルヴィ。よくわかっていないが、雰囲気的に賛成しておこう。
「そうそう。言ったらベルのためにならないから。言わない」
「わかってないんでしょ? まぁ、私もさっぱり。詳しいことはわからないけど、花は自分の言葉を伝えるだけじゃない、ってことね」
友人のことは簡単に見透かせるレティシアだが、花のついての知識は当然ない。まぁ、焦らずじっくりいけばいいじゃない、と応援はしている。
気持ちだけ受け取ったベル。もちろんそれで答えは出ないが、元気は出る。
「でも、ベアトリスさんもシャルルくんも、なにか意図があってアレンジメントしてるわけだし。なのに伝えるだけじゃない、ってどういうことなんだろう……」
元気は出るが、その元気も堂々巡りを繰り返し、少しずつ疲弊していく。脳だけがすり減っていくような。そんな嫌な疲れ。
とりあえず思ったことは口にしてみるタイプのシルヴィは、逆転の発想を提唱。
「押してダメなら引いてみるってことか? あえて花を出さない、ってのはアリ?」
案は出すけど、そこからの応用は知らない。誰かがやる。
考えるまでもなく、返ってくるレティシアの答えは厳しい。
「なしでしょう。花屋に来ているんだから。ただコーヒーだけ飲んで帰るなら、電話でも済む話よ」
結局まとまらないどころか、余計に風呂敷を広げてややこしくしただけ。若干申し訳ないと思いつつも、このあたりが限界になるだろう。
「うーん……ダメだ、頭痛くなってきた……」
寝て起きて。そしたら偶然にも神からの啓示が降りてきて。そんな奇跡を信じるベルの足取りは重い。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
Parfumésie 【パルフュメジー】
隼
キャラ文芸
フランス、パリの12区。
ヴァンセンヌの森にて、ひとり佇む少女は考える。
憧れの調香師、ギャスパー・タルマに憧れてパリまでやってきたが、思ってもいない形で彼と接点を持つことになったこと。
そして、特技のヴァイオリンを生かした新たなる香りの創造。
今、音と香りの物語、その幕が上がる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
Réglage 【レグラージュ】
隼
キャラ文芸
フランスのパリ3区。
ピアノ専門店「アトリエ・ルピアノ」に所属する少女サロメ・トトゥ。
職業はピアノの調律師。性格はワガママ。
あらゆるピアノを蘇らせる、始動の調律。
引きこもりアラフォーはポツンと一軒家でイモつくりをはじめます
ジャン・幸田
キャラ文芸
アラフォー世代で引きこもりの村瀬は住まいを奪われホームレスになるところを救われた! それは山奥のポツンと一軒家で生活するという依頼だった。条件はヘンテコなイモの栽培!
そのイモ自体はなんの変哲もないものだったが、なぜか村瀬の一軒家には物の怪たちが集まるようになった! 一体全体なんなんだ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる