Sonora 【ソノラ】

文字の大きさ
上 下
174 / 235
ブリランテ

174話

しおりを挟む
 その後、配達から戻ったスタッフと交代で、〈クレ・ドゥ・パラディ〉からベルは〈ソノラ〉へ帰宅する。自信に満ち溢れた手で扉を開け、希望に満ち溢れた足は、入ってすぐのところでしゃがみ込みアレンジを作るベアトリスの前に立つ。

「なんだ、帰ったのか。そのままあっちの店に鞍替えしてもいいのだが」

 つまらなそうに一瞥したベアトリスは、集中を再度、花へ。クリスマスも近づいてきたし、リースを。赤く派手なものは他の店もやるだろうから、あえて白をメインに大きなリボンなんかも。ついでにマツカサなんてのもいい。

 その作り途中のリースを視野に捉えたベルは、気を良くし感想を述べる。

「……パルムグレン『粉雪』、です」

「……なんの話だ」

 唐突に、クリスマスに聴きたくなるようなクラシック曲を提示され、ベアトリスの耳がピクリと動いた。

 その反応をベルは見逃さない。きっと今は脳内にチラチラと舞う粉雪のような、神聖なピアノが流れていることだろう、と予測。

「自分なりの花、見つかった気がします」

 力強く、収穫を報告した。やっと半人前、くらいにはなれたんじゃないかな。

「ほぉ……」

 なにやら雰囲気の変わったベルの全身を舐めるように見回し、ベアトリスは少し見上げてベルと視線を交わす。そして口を開く。

「ワルトトイフェル『スケーターズ・ワルツ』。どちらかというとそっちのイメージなんだがな」

 今度はベアトリスから、やはりクリスマスに聴きたくなるクラシックを提示され、ベルはしどろもどろになる。

「え、あ……そっちも……アリ、かな……」

 たしかに、雪がチラホラと舞う中、街灯に照らされ賑わう街中なら、そっちかもしれない。いや、どっちもアリだ。人の感性次第。自分の答えに誇りを持つ。

「いえ! やっぱり『粉雪』だと思います!」

 とはいえ、ベアトリスの圧力からは逃げる。音楽に関して、なんとなく勝てる気はしないのだが、真っ向からぶつかるのも大事。な気がするが、目線を外し、壁を見る。多少の震え。

「……」

 じっと見つめられたベルは、蛇に睨まれたカエルのように、固まる。やっぱり反抗しないほうがよかったか。また明日違う店に——

「……それでいい」

「……はい?」

 一枚の壁のようになったベルの横をすり抜ける際、リースを手渡しながらベアトリスは出入り口のドアへ向かう。

「……はい?」

 もう一度声に出す。ベルは大きく目を見開き、今の状況を整理した。

 (え……それでいい? それでいいって言った? 認めた? あのベアトリスさんが? え、夢?)

 この機を逃す手はない。

「あの、もう一度——」

 言ってください、と願おうとしたが、彼女は扉の向こう。暗くなってきたし今日はもう閉店。そんな気分なのだろう。扉の前で、イスに置かれたアレンジメントを片付けている姿を見、ベルは微笑んだ。

「……ま、いっか!」

 自身が『粉雪』と名付けたそのリース。くれたってことなのだろうか。わからないが、他の店舗まで行かされたのだ。これくらいは役得があってもいい。これは私のもの。

 扉の向こうでは、わかりやすく有頂天になっているベルの行動を確認し、ベアトリスは空を見上げる。手元には白い菊をメインにしたアレンジメント。そちらからは見えているだろうか。

「『粉雪』か……あなたと同じ答えをしてきたよ、お母さん」

 粉雪も、スケートの氷も、いつか溶けてしまうけれど。きっと、自分達は大丈夫だから。声には出さずに喉元で止める。ほんの少しだけ笑顔を作る。そして、閉店の看板を出し、明日のための扉を開いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

処理中です...