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ブリランテ
174話
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その後、配達から戻ったスタッフと交代で、〈クレ・ドゥ・パラディ〉からベルは〈ソノラ〉へ帰宅する。自信に満ち溢れた手で扉を開け、希望に満ち溢れた足は、入ってすぐのところでしゃがみ込みアレンジを作るベアトリスの前に立つ。
「なんだ、帰ったのか。そのままあっちの店に鞍替えしてもいいのだが」
つまらなそうに一瞥したベアトリスは、集中を再度、花へ。クリスマスも近づいてきたし、リースを。赤く派手なものは他の店もやるだろうから、あえて白をメインに大きなリボンなんかも。ついでにマツカサなんてのもいい。
その作り途中のリースを視野に捉えたベルは、気を良くし感想を述べる。
「……パルムグレン『粉雪』、です」
「……なんの話だ」
唐突に、クリスマスに聴きたくなるようなクラシック曲を提示され、ベアトリスの耳がピクリと動いた。
その反応をベルは見逃さない。きっと今は脳内にチラチラと舞う粉雪のような、神聖なピアノが流れていることだろう、と予測。
「自分なりの花、見つかった気がします」
力強く、収穫を報告した。やっと半人前、くらいにはなれたんじゃないかな。
「ほぉ……」
なにやら雰囲気の変わったベルの全身を舐めるように見回し、ベアトリスは少し見上げてベルと視線を交わす。そして口を開く。
「ワルトトイフェル『スケーターズ・ワルツ』。どちらかというとそっちのイメージなんだがな」
今度はベアトリスから、やはりクリスマスに聴きたくなるクラシックを提示され、ベルはしどろもどろになる。
「え、あ……そっちも……アリ、かな……」
たしかに、雪がチラホラと舞う中、街灯に照らされ賑わう街中なら、そっちかもしれない。いや、どっちもアリだ。人の感性次第。自分の答えに誇りを持つ。
「いえ! やっぱり『粉雪』だと思います!」
とはいえ、ベアトリスの圧力からは逃げる。音楽に関して、なんとなく勝てる気はしないのだが、真っ向からぶつかるのも大事。な気がするが、目線を外し、壁を見る。多少の震え。
「……」
じっと見つめられたベルは、蛇に睨まれたカエルのように、固まる。やっぱり反抗しないほうがよかったか。また明日違う店に——
「……それでいい」
「……はい?」
一枚の壁のようになったベルの横をすり抜ける際、リースを手渡しながらベアトリスは出入り口のドアへ向かう。
「……はい?」
もう一度声に出す。ベルは大きく目を見開き、今の状況を整理した。
(え……それでいい? それでいいって言った? 認めた? あのベアトリスさんが? え、夢?)
この機を逃す手はない。
「あの、もう一度——」
言ってください、と願おうとしたが、彼女は扉の向こう。暗くなってきたし今日はもう閉店。そんな気分なのだろう。扉の前で、イスに置かれたアレンジメントを片付けている姿を見、ベルは微笑んだ。
「……ま、いっか!」
自身が『粉雪』と名付けたそのリース。くれたってことなのだろうか。わからないが、他の店舗まで行かされたのだ。これくらいは役得があってもいい。これは私のもの。
扉の向こうでは、わかりやすく有頂天になっているベルの行動を確認し、ベアトリスは空を見上げる。手元には白い菊をメインにしたアレンジメント。そちらからは見えているだろうか。
「『粉雪』か……あなたと同じ答えをしてきたよ、お母さん」
粉雪も、スケートの氷も、いつか溶けてしまうけれど。きっと、自分達は大丈夫だから。声には出さずに喉元で止める。ほんの少しだけ笑顔を作る。そして、閉店の看板を出し、明日のための扉を開いた。
「なんだ、帰ったのか。そのままあっちの店に鞍替えしてもいいのだが」
つまらなそうに一瞥したベアトリスは、集中を再度、花へ。クリスマスも近づいてきたし、リースを。赤く派手なものは他の店もやるだろうから、あえて白をメインに大きなリボンなんかも。ついでにマツカサなんてのもいい。
その作り途中のリースを視野に捉えたベルは、気を良くし感想を述べる。
「……パルムグレン『粉雪』、です」
「……なんの話だ」
唐突に、クリスマスに聴きたくなるようなクラシック曲を提示され、ベアトリスの耳がピクリと動いた。
その反応をベルは見逃さない。きっと今は脳内にチラチラと舞う粉雪のような、神聖なピアノが流れていることだろう、と予測。
「自分なりの花、見つかった気がします」
力強く、収穫を報告した。やっと半人前、くらいにはなれたんじゃないかな。
「ほぉ……」
なにやら雰囲気の変わったベルの全身を舐めるように見回し、ベアトリスは少し見上げてベルと視線を交わす。そして口を開く。
「ワルトトイフェル『スケーターズ・ワルツ』。どちらかというとそっちのイメージなんだがな」
今度はベアトリスから、やはりクリスマスに聴きたくなるクラシックを提示され、ベルはしどろもどろになる。
「え、あ……そっちも……アリ、かな……」
たしかに、雪がチラホラと舞う中、街灯に照らされ賑わう街中なら、そっちかもしれない。いや、どっちもアリだ。人の感性次第。自分の答えに誇りを持つ。
「いえ! やっぱり『粉雪』だと思います!」
とはいえ、ベアトリスの圧力からは逃げる。音楽に関して、なんとなく勝てる気はしないのだが、真っ向からぶつかるのも大事。な気がするが、目線を外し、壁を見る。多少の震え。
「……」
じっと見つめられたベルは、蛇に睨まれたカエルのように、固まる。やっぱり反抗しないほうがよかったか。また明日違う店に——
「……それでいい」
「……はい?」
一枚の壁のようになったベルの横をすり抜ける際、リースを手渡しながらベアトリスは出入り口のドアへ向かう。
「……はい?」
もう一度声に出す。ベルは大きく目を見開き、今の状況を整理した。
(え……それでいい? それでいいって言った? 認めた? あのベアトリスさんが? え、夢?)
この機を逃す手はない。
「あの、もう一度——」
言ってください、と願おうとしたが、彼女は扉の向こう。暗くなってきたし今日はもう閉店。そんな気分なのだろう。扉の前で、イスに置かれたアレンジメントを片付けている姿を見、ベルは微笑んだ。
「……ま、いっか!」
自身が『粉雪』と名付けたそのリース。くれたってことなのだろうか。わからないが、他の店舗まで行かされたのだ。これくらいは役得があってもいい。これは私のもの。
扉の向こうでは、わかりやすく有頂天になっているベルの行動を確認し、ベアトリスは空を見上げる。手元には白い菊をメインにしたアレンジメント。そちらからは見えているだろうか。
「『粉雪』か……あなたと同じ答えをしてきたよ、お母さん」
粉雪も、スケートの氷も、いつか溶けてしまうけれど。きっと、自分達は大丈夫だから。声には出さずに喉元で止める。ほんの少しだけ笑顔を作る。そして、閉店の看板を出し、明日のための扉を開いた。
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