Sonora 【ソノラ】

文字の大きさ
上 下
166 / 235
ブリランテ

166話

しおりを挟む
 ハッ、とベルは思い直す。

「あ……次のところ行く、予定あった……? だとしたらごめん……引き止めちゃって。ううん、気にしないで、よかったら、だから!」

 語気を強調して、控えめな提案。そうか、相手の都合も考えなきゃ、と反省。それに、数打ってどこかしらで当たれば、そんな時間も必要ない。自分のことばっかり考えていた、とさらに追加で猛省。

「……」

 少しの間検討し、結論を出したオードの歩は、店奥のテーブルへ。そしてイスを引き、座る。

「……え?」

 突然、店でくつろぎ出したオード。それを目にしたベルは、口をポカンと開けた。

 頬杖をついて、オードは待ちの体制に入る。

「? どうしたの? 一緒に考えてくれるんでしょ? 代わりに留守番、手伝うよ」

 世の中はギブアンドテイク。お互いにメリットが必要。ならばと誘いに乗ることにした。実際、自分の考えだけでは限界があるような気は以前からしていた。ちょうどいい。

「……いいの?」

「いいから座った」

 自分から言い出したことではあるが、まさか会ったばかりのオードが受け入れてくれるとは。思考がまとまらず、ベルはとりあえず着席。そして数秒無言。の、のち。

「で、どうしよ、っか……」

 もちろん、なにも考えていなかったため、縮こまる。気持ちだけ先に突っ走った。

「どうしよっかって……まぁ、どんなのだったら受け入れてもらえそうとか、こういうのあると嬉しいとか。なんかそんなのある?」

 若干呆れつつも、セオリー通りのオードの案が流れていく。即決したものだから、当然彼女にもこの先どうなるかわかっていない。相談と言われても。

 とはいえ、ベル自身の血液の九割はピアノ。残りの一割弱がフローリスト。そんな自分がフローリストの求めるもの、など言えるわけもない。必死に唸るが、作業工程が頭の中でリピートされるのみ。カルトナージュが出てくることはない。

「うん……やっぱり花器ってのもいいんだけど……もうちょっと、なにか——」

「その『もうちょっと』が気になるんだけど」

 ですよね、と至極真っ当なオードの指摘にベルは納得する。逆にピアニスト目線だと、どんなものが欲しいか。いや、ピアニストに売り込み行くことなんてないだろう。ピアニスト、という単語にふと指が反応する。

「——」

 軽く口ずさみながら、コロコロ変わる今の気持ちをピアノの音で代弁してみる。困ったらピアノ。ブラジルの作曲家、グアスタビーノの『猫』。音域が広く、跳ねるようなリズム。それでいて自在な緩急。手を交差する弾き方も必要で、それが招き猫をイメージしているそう。福よ、来い。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Réglage 【レグラージュ】

キャラ文芸
フランスのパリ3区。 ピアノ専門店「アトリエ・ルピアノ」に所属する少女サロメ・トトゥ。 職業はピアノの調律師。性格はワガママ。 あらゆるピアノを蘇らせる、始動の調律。

C × C 【セ・ドゥー】

キャラ文芸
フランス、パリ七区。 セギュール通りにあるショコラトリー『WXY』。 そこで一流のショコラティエールを目指す、ジェイド・カスターニュ。 そして一九区。 フランス伝統芸能、カルトナージュの専門店『ディズヌフ』。 その店の娘、オード・シュヴァリエ。 ふたりが探り旅する、『フランス』の可能性。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

Parfumésie 【パルフュメジー】

キャラ文芸
フランス、パリの12区。 ヴァンセンヌの森にて、ひとり佇む少女は考える。 憧れの調香師、ギャスパー・タルマに憧れてパリまでやってきたが、思ってもいない形で彼と接点を持つことになったこと。 そして、特技のヴァイオリンを生かした新たなる香りの創造。 今、音と香りの物語、その幕が上がる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっ☆パラ

うらたきよひこ
キャラ文芸
こんなハーレム展開あり? これがおっさんパラダイスか!? 新米サラリーマンの佐藤一真がなぜかおじさんたちにモテまくる。大学教授やガテン系現場監督、エリートコンサル、老舗料理長、はたまた流浪のバーテンダーまで、個性派ぞろい。どこがそんなに“おじさん心”をくすぐるのか? その天賦の“モテ力”をご覧あれ!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

薔薇の耽血(バラのたんけつ)

碧野葉菜
キャラ文芸
ある朝、萌木穏花は薔薇を吐いた——。 不治の奇病、“棘病(いばらびょう)”。 その病の進行を食い止める方法は、吸血族に血を吸い取ってもらうこと。 クラスメイトに淡い恋心を抱きながらも、冷徹な吸血族、黒川美汪の言いなりになる日々。 その病を、完治させる手段とは? (どうして私、こんなことしなきゃ、生きられないの) 狂おしく求める美汪の真意と、棘病と吸血族にまつわる闇の歴史とは…?

処理中です...