Sonora 【ソノラ】

文字の大きさ
上 下
161 / 232
ブリランテ

161話

しおりを挟む
 鼻歌混じりに奥へと進むベルの足取りは軽く、幸せが後ろに付いてきているかのよう。

「おい」

 強くベアトリスは言葉を投げかける。夢の世界から戻ってきたばっかりのような、そんな蕩けきった顔は見たくない。

 だが、背筋の伸びたベルの返事は機敏。

「はい、なんでしょう?」

 なにか問題でも? そんな語も追加しそうなほど、ベルの笑みは輝く。

「……」

 その姿を見たベアトリスは言葉を詰まらせた。原因はわかっている。

 ずっと抑制していたピアノを解禁したこと。こっそり、学園のピアノを休みの期間中だけ、ベル仕様にするよう調律を依頼していた。その結果、鎖から放たれ解放されたマイク・タイソンのように、ピアノで暴れまくったようだ。

 その人生を謳歌しているかのようなベルの高揚が、なんとなくベアトリスの逆鱗に触れる。自分でやったことが間接的な原因ではあるが、そんなことはどうでもよく、楽しそうなのが気に入らないため〈クレ・ドゥ・パラディ〉に派遣することが決まった。

「今から行ってきてくれ。適当にこなしてくれればいいそうだ。電話番と荷物の受け取りくらいだけらしいが」

 来てすぐに違う場所に行ってくれ、と言われても、クルっとターンしてベルは店から出ていく。

「はーい、いってきまーす」

 今はなにをしても楽しめてしまう。それくらいピアノはやはり、自分になくてはならないもの。辞めよう、だなんて一度は考えた過去の自分に張り手をして、目を覚まさせてやりたい。

 「……本当に大丈夫なの?」

 元気があるのはいいことのはずなのだが、シャルルにはそれがなんとなく裏目に出そうな、そんな予感がする。引き止めるべきか、悩んだ分だけ、すでにベルはどこかへ行ってしまった。もう時すでに遅し。

 送り込んだわけなので当然だが、弟とは正反対にベアトリスは平常心。心配などしていない。

「他の店との違いも学べる。いいこと尽くしだな」

 なにかあっても、それはリオネルのせい。自分にダメージはない。

 とはいえ、モヤモヤしたものを胸に抱えたシャルルは、いてもたってもいられず追いかけようとする。

「……やっぱり僕が——」

「やめとけ。ダラけきったあいつを引き締めるにはちょうどいい。それに、なにかしらプラスになることもあるだろう」

 たぶん。最後は口ごもるベアトリスだが、環境が変われば意識も変わる。ピアノに集中しているのもいいが、仕事との切り替えをしっかりすることも重要だ。

「まぁ店番でいるだけだしな。そう間違えは起こるまい」

 その確信めいた発言の裏で「なにか面白いことが起きないか」と、ひそかに期待はしている。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ギャルJKが村の長に転生したので軽くデコって大国にしてみた。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:6

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:31,609pt お気に入り:30,099

【完結】薔薇の花と君と

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,838pt お気に入り:43

伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:505pt お気に入り:235

危険な森で目指せ快適異世界生活!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:8,259pt お気に入り:4,217

新人魔女は、のんびり森で暮らしたい!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:278pt お気に入り:26

処理中です...