Sonora 【ソノラ】

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ブリランテ

161話

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 鼻歌混じりに奥へと進むベルの足取りは軽く、幸せが後ろに付いてきているかのよう。

「おい」

 強くベアトリスは言葉を投げかける。夢の世界から戻ってきたばっかりのような、そんな蕩けきった顔は見たくない。

 だが、背筋の伸びたベルの返事は機敏。

「はい、なんでしょう?」

 なにか問題でも? そんな語も追加しそうなほど、ベルの笑みは輝く。

「……」

 その姿を見たベアトリスは言葉を詰まらせた。原因はわかっている。

 ずっと抑制していたピアノを解禁したこと。こっそり、学園のピアノを休みの期間中だけ、ベル仕様にするよう調律を依頼していた。その結果、鎖から放たれ解放されたマイク・タイソンのように、ピアノで暴れまくったようだ。

 その人生を謳歌しているかのようなベルの高揚が、なんとなくベアトリスの逆鱗に触れる。自分でやったことが間接的な原因ではあるが、そんなことはどうでもよく、楽しそうなのが気に入らないため〈クレ・ドゥ・パラディ〉に派遣することが決まった。

「今から行ってきてくれ。適当にこなしてくれればいいそうだ。電話番と荷物の受け取りくらいだけらしいが」

 来てすぐに違う場所に行ってくれ、と言われても、クルっとターンしてベルは店から出ていく。

「はーい、いってきまーす」

 今はなにをしても楽しめてしまう。それくらいピアノはやはり、自分になくてはならないもの。辞めよう、だなんて一度は考えた過去の自分に張り手をして、目を覚まさせてやりたい。

 「……本当に大丈夫なの?」

 元気があるのはいいことのはずなのだが、シャルルにはそれがなんとなく裏目に出そうな、そんな予感がする。引き止めるべきか、悩んだ分だけ、すでにベルはどこかへ行ってしまった。もう時すでに遅し。

 送り込んだわけなので当然だが、弟とは正反対にベアトリスは平常心。心配などしていない。

「他の店との違いも学べる。いいこと尽くしだな」

 なにかあっても、それはリオネルのせい。自分にダメージはない。

 とはいえ、モヤモヤしたものを胸に抱えたシャルルは、いてもたってもいられず追いかけようとする。

「……やっぱり僕が——」

「やめとけ。ダラけきったあいつを引き締めるにはちょうどいい。それに、なにかしらプラスになることもあるだろう」

 たぶん。最後は口ごもるベアトリスだが、環境が変われば意識も変わる。ピアノに集中しているのもいいが、仕事との切り替えをしっかりすることも重要だ。

「まぁ店番でいるだけだしな。そう間違えは起こるまい」

 その確信めいた発言の裏で「なにか面白いことが起きないか」と、ひそかに期待はしている。
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