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スピリトーゾ
152話
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「というわけで、三人は駅でいいのかな?」
その後、リオネルと合流した四人は、車に乗ってランジス市場から帰宅。一〇区にあるパリ北駅で降ろして、そこで解散となる。時刻はもう七時。すっかり外は明るい。警察車両も巡回しており、あまり駅で長居はできない。
「はい、ありがとうございます。お金とか、車とか……本当にすみません……」
申し訳なさそうに感謝を述べるベル。手には電車のアレンジメント。大事に抱きかかえ、帰宅の途につく。
「気にしないでって。賑やかで俺も楽しかったよ」
同様にシルヴィとレティシアにも挨拶を交わし、駅の人混みに紛れていく三人を見送ったリオネルは、車を発進させる。
「さて、行くか」
今日は万聖節。このために市場へ行った。一年に一度の、約束の日。
シャルルも一度目を閉じ、呼吸を深く。そして決意。
「そうですね。道が混む前に行っちゃいましょう」
少し早いが、一四区にある墓地へ向かう。昼に近づくにつれ、どんどん人は増えてくる。その前にゆったりできるように。ゆっくり語り合えるように。
そこはまるで公園といったほうが、正しい印象さえ受ける場所。モンパルナス墓地。パリの観光名所のひとつだ。旅行者はもちろん、近くに住む人の散歩やジョギングコースでもある。一九世紀の初めに、ナポレオンの指示によって作られ、数々の著名人が葬られている。
そこでの墓標や墓石は、個性豊かに人々を出迎える。ヨーロッパでは墓地は死者と向き合い、語らう場所として、暗いイメージは全くない。むしろ華々しく供えてあげるべき、という考えなのだ。そのため、故人が生前好きだった食べ物や、趣味のものを墓石にしたりする。
その楽しくも賑やかな景色を通り過ぎ、リオネルとシャルルはひとつのシンプルな墓標の前で立ち止まる。フランス産の石灰岩製で、まるでベッドのような形。著名人の墓石には花やキスマークなどを残したりするが、この墓標にはなにもない。
まず、最初にシャルルが紫の菊の鉢を、墓に供える。正直、自身にはほぼ記憶にない。だからこそ、「ただいま」とひと言だけ。他に伝えるべき言葉がわからない。
そして続いてリオネルがピンク色の菊の鉢を置く。紫の隣に添えるように。
「今年も来たよ。ベティも元気だ。そんでこいつも女の子を連れて歩く歳になった」
と、親指でシャルルを指す。
「それは誤解です」
即座にシャルルは否定。いや、間違ってはいないのだが、リオネルの言い方に異議がある。
さらに続けてリオネルは、その墓標に語りかける。
「サミー覚えてるだろ? あいつも俺と同じ境遇だからさ、紹介してみたら、どんなアレンジメントしたかわかるか? ティーカップにバラとへデラベリーとナズナでアレンジしたんだと」
ティーカップ? と、なにか引っ掛かるものを感じたシャルルではあるが、とりあえず黙っておくことにした。
「今年もじいさんとこの菊だ。俺のために一際でかいの用意してくれたらしい。ったく、魚屋じゃないんだから」
苦笑しつつも、さらに一歩、リオネルは近づいた。
「……」
少し、言葉を詰まらせる。時間にして数秒。だが、永遠のような、刹那のような。そして。
「……最後まで……幸せでいれたか……?」
墓石と見つめ合う。まるで本人と見つめ合っているかのような気がする。目に込み上げてくるものがある。それが臨界に達する前に、立ち上がった。
「……また、来るわ」
墓石に染み渡るように言葉を紡いだ。
風が強く吹いている。そのまま遠くへ。空へ。届きますように。そう、強く祈った。
その後、リオネルと合流した四人は、車に乗ってランジス市場から帰宅。一〇区にあるパリ北駅で降ろして、そこで解散となる。時刻はもう七時。すっかり外は明るい。警察車両も巡回しており、あまり駅で長居はできない。
「はい、ありがとうございます。お金とか、車とか……本当にすみません……」
申し訳なさそうに感謝を述べるベル。手には電車のアレンジメント。大事に抱きかかえ、帰宅の途につく。
「気にしないでって。賑やかで俺も楽しかったよ」
同様にシルヴィとレティシアにも挨拶を交わし、駅の人混みに紛れていく三人を見送ったリオネルは、車を発進させる。
「さて、行くか」
今日は万聖節。このために市場へ行った。一年に一度の、約束の日。
シャルルも一度目を閉じ、呼吸を深く。そして決意。
「そうですね。道が混む前に行っちゃいましょう」
少し早いが、一四区にある墓地へ向かう。昼に近づくにつれ、どんどん人は増えてくる。その前にゆったりできるように。ゆっくり語り合えるように。
そこはまるで公園といったほうが、正しい印象さえ受ける場所。モンパルナス墓地。パリの観光名所のひとつだ。旅行者はもちろん、近くに住む人の散歩やジョギングコースでもある。一九世紀の初めに、ナポレオンの指示によって作られ、数々の著名人が葬られている。
そこでの墓標や墓石は、個性豊かに人々を出迎える。ヨーロッパでは墓地は死者と向き合い、語らう場所として、暗いイメージは全くない。むしろ華々しく供えてあげるべき、という考えなのだ。そのため、故人が生前好きだった食べ物や、趣味のものを墓石にしたりする。
その楽しくも賑やかな景色を通り過ぎ、リオネルとシャルルはひとつのシンプルな墓標の前で立ち止まる。フランス産の石灰岩製で、まるでベッドのような形。著名人の墓石には花やキスマークなどを残したりするが、この墓標にはなにもない。
まず、最初にシャルルが紫の菊の鉢を、墓に供える。正直、自身にはほぼ記憶にない。だからこそ、「ただいま」とひと言だけ。他に伝えるべき言葉がわからない。
そして続いてリオネルがピンク色の菊の鉢を置く。紫の隣に添えるように。
「今年も来たよ。ベティも元気だ。そんでこいつも女の子を連れて歩く歳になった」
と、親指でシャルルを指す。
「それは誤解です」
即座にシャルルは否定。いや、間違ってはいないのだが、リオネルの言い方に異議がある。
さらに続けてリオネルは、その墓標に語りかける。
「サミー覚えてるだろ? あいつも俺と同じ境遇だからさ、紹介してみたら、どんなアレンジメントしたかわかるか? ティーカップにバラとへデラベリーとナズナでアレンジしたんだと」
ティーカップ? と、なにか引っ掛かるものを感じたシャルルではあるが、とりあえず黙っておくことにした。
「今年もじいさんとこの菊だ。俺のために一際でかいの用意してくれたらしい。ったく、魚屋じゃないんだから」
苦笑しつつも、さらに一歩、リオネルは近づいた。
「……」
少し、言葉を詰まらせる。時間にして数秒。だが、永遠のような、刹那のような。そして。
「……最後まで……幸せでいれたか……?」
墓石と見つめ合う。まるで本人と見つめ合っているかのような気がする。目に込み上げてくるものがある。それが臨界に達する前に、立ち上がった。
「……また、来るわ」
墓石に染み渡るように言葉を紡いだ。
風が強く吹いている。そのまま遠くへ。空へ。届きますように。そう、強く祈った。
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