Sonora 【ソノラ】

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スピリトーゾ

144話

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 表情は全く動かさないでフィリップは断言する。

「当然だ。ウチよりいい菊なんてあるもんか。どれにするんだ?」

 もう選ぶ花は決まっている。それも知っている。というより、今日という日はみな、この花を選ぶ。あとは色だけ。

 顎に手を当てリオネルは花を吟味する。どれも甲乙つけがたい。それもそうだろう。花はただ、精一杯咲いているだけ。悲しいとか、寂しいとか、そんなものは関係なく、いつでも自分の役割を全うする。

「そうだな、去年は白だったから今年は……黄色と紫かね」

 理由はない。そんな気分だから。昨日だったらピンクだったかもしれない。だが、それでいい。今の気持ちを、伝えたい人にただ伝えたいだけだから。

 ジッと見つめた後、フィリップは踵を返し、背中で語る。

「好きなの持ってけ。にしても、なにやら嬉しそうな顔だな」

 いつもニヤけた顔はしているが、今日は一段と怪しい。長年の付き合いで、微妙な差異にも気づける。これはいいことがあった時のコイツだ。

 鋭いね、とリオネルは自慢話。

「息子が女の子を三人も連れてきてな。俺のDNAが強すぎて困る」

 今は子供達の将来のことなどが、気になって仕方がない。

 別に聞きたくもない内容だったが、フィリップは一応反応してやる。そういえば、と過去を回想した。

「昔のお前さんも、買い物に来たんだか、イチャつきに来たんだかわからなかったな」

 知り合ったばかりの頃は、ここをデートスポットかなにかだと勘違いした、イケすかない男。いつの間にか偉い立場になったな、と鼻で笑う。

 あー、と脳内に刻まれた過去を呼び覚ますと、リオネルはパンッ、と手を叩いた。乾いた音が周囲に響く。

「そんなこともあったな」

 若かったしな、と自分を肯定。色々な経験が今に繋がる。

「何度もな。毎度あり」

 一度だけではなかった、と訂正しつつ、フィリップは二つの菊と領収書を手渡した。

 数日以内にまたここで会うだろう。だが、フランスにとって、今日という日は特別なのだ。

「ああ、じいさん。長生きしてくれよ。死んでもウチの店に取り憑くな」

「あと三〇年はここにいるさ」

 ジョークで返すフィリップだが、リオネルからしたら本当に生きてそうで、疑う余地がない。それほどまでにパワフルなじいさんだ。

「妖怪め」

 そう例えるので精一杯。まだ、この人に色々な意味で勝てる気がしない。
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