Sonora 【ソノラ】

文字の大きさ
上 下
130 / 235
コン・アニマ

130話

しおりを挟む
 オアシスに変えれば、水がこぼれる心配もない。水だけならよりラフに仕上がる。好みの問題だ。

 バラをまず挿し、そこにグリーンとしてへデラベリーを添える。こうすることでより、バラの真紅が引き締まる。さらにナチュラルな印象を足すためにナズナを二本だけ追加する。これだけ。そして気になっていたバラの名前を、ベアトリスは公開する。

「こちらのバラ、名前は『イングリッド・バーグマン』です」

 完成したアレンジメントを差し出す。赤と緑がお互いに引き立てあい、網膜に突き刺さる。

 そしてその名前に聞き覚えのあったサミーは、興奮してアレンジメントに顔を近づける。

「イングリッド・バーグマン? あの女優の?」

 映画監督で、いや、映画好きなら知らない者はいない大女優。イングリッド・バーグマン。まさかバラの名前になっている、ということは知らなかった。

 首肯するベアトリスは、さらに追加で補足。

「そうです、二〇世紀を代表するスウェーデンの名女優。アカデミー賞なども獲得した彼女の名前が冠されたバラを選んでみました」

 花には、人の名前が冠されたものは、多々ある。ダヴィンチやモーツァルト、ゴーギャンなど、数えきれないほど存在する。そのうちのひとつがイングリッド・バーグマンだ。

 口を開けてサミーは顔を変化させる。バラには種類は色々ある、というのはなんとなく知ってはいたが、人の名前まであるとは、という新鮮な驚き。

「そんなものが……私が映画監督だからと、そこまで気をきかせてくれたのかな?」

 だとしたら憎い演出だ。そういえば昨日、ここにない花、と言っていたのを思い出す。ということは、わざわざ取り寄せてくれた、ということだろうか。なんだか悪いなぁ、と照れ臭い。

 だが、そのバラの元になった名前の女優の言葉を、ベアトリスは拝借する。
 
「それもありますが、彼女の名言で『幸福の鍵は、健康と健忘』というものがあります。体の健康と、忘れることが幸せへの第一歩だと」

 健忘。そこにピクリ、とサミーの皮膚が粟立つ。つまり。

「……妻を忘れろ、ってこと……?」

 まさかそんな。友人や家族ならともかく、昨日会ったばかりの子にそんなこと言われるなんて。手紙から読み取った、ってこと? 様々な要素が絡み合い、思考停止する。

「奥様を思い続けて立ち止まる、それも私はいいことだとは思いますが、おそらく奥様はそうではなかった。のかもしれません」

 もちろん私見であるため、それはわからないことはベアトリスも重々承知の上。

 どの感情を出せばいいのか迷っているサミーだが、じっくりと熟考して、静かに口を開く。

「……しかしなぜ、妻が忘れてほしいと思っている、と考えたんだい?」

 手紙にどういった意味が? 五年という年月。再度思い出してみるが、なにも手がかりがない。どんな気持ちで書いたんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

夜勤の白井さんは妖狐です 〜夜のネットカフェにはあやかしが集結〜

瀬崎由美
キャラ文芸
鮎川千咲は短大卒業後も就職が決まらず、学生時代から勤務していたインターネットカフェ『INARI』でアルバイト中。ずっと日勤だった千咲へ、ある日店長から社員登用を条件に夜勤への移動を言い渡される。夜勤には正社員でイケメンの白井がいるが、彼は顔を合わす度に千咲のことを睨みつけてくるから苦手だった。初めての夜勤、自分のことを怖がって涙ぐんでしまった千咲に、白井は誤解を解くために自分の正体を明かし、人外に憑かれやすい千咲へ稲荷神の護符を手渡す。その護符の力で人ならざるモノが視えるようになってしまった千咲。そして、夜な夜な人外と、ちょっと訳ありな人間が訪れてくるネットカフェのお話です。   ★第7回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

処理中です...