Sonora 【ソノラ】

文字の大きさ
上 下
116 / 235
コン・アニマ

116話

しおりを挟む
「ですが、なぜこれを私のところに?」

 もちろん、映画をさほど観ないベアトリスも名前は知っている。が、これほどのビッグネームが来店するのはなにかある。鋭い彼女の勘が怪しさを告げた。

 サミーはくったくなく笑い、顔をベアトリスに近づけつつ囁いた。

「リオネルからの紹介でね。面白い花屋があると聞いたんだ。探偵のようだと」

「あー……そういうこと」

 あいつめ、とサミーに見えないように一瞬、苦虫を噛み潰したかのような顔を浮かべるが、すぐに気を取り直し、控えめな笑顔をベアトリスは浮かべた。

「残念ながら探偵ではないので、監督の求めるものにたどり着けるかわかりません」

 期待させすぎてもよくない。そもそもここは花屋だ。手紙の意味など、占い師にでも聞いてほしい。

「かまわないよ」

 亡くなった妻、と悲壮な内容にもかかわらず、サミーは晴れ晴れとしていた。そんな気を張らないで、とベアトリスのフォローも入れる。

「もう亡くなってしばらく経つからね。当初は私も酒に溺れるようなこともあったが、今ではこの通りさ。落ち込んでばかりいると、彼女に後ろからフライパンで殴られてしまうからね」

「……すごい奥様ですね……」

 と、笑顔を見せるサミーとは対照的に、ベアトリスは少しひくついた。だが、彼からは嘘偽りはないように見え、少し安堵する。なにか試している、というわけでもなさそうだ。

 サミーは視線をベアトリスから外し、店内のアレンジメントを見ながら、懐かしむような笑みを浮かべる。

「今でも妻のことは愛しているよ。正直この手紙はどうすべきか迷ったんだがね。これしか書いてない以上、調べようもないし、答えなんて本当は必要ないのかもしれない」

 どうするべきなんだろうね、とベアトリスに笑いかける。しかし、その手は微細に震えているようだった。そんな自分に気付いたのか、話題を変えた。

「この手紙の話を撮影現場で話したら、ちょうど来ていたリオネルから、そういうの得意な人物がいると聞いてね。こんなお若いお嬢さんだとは思わなかったが」

 少しだけイスに寄りかかった。一旦落ち着こう、という意味なのか、視野を広く取ってみる。

 心の内では葛藤するベアトリスだが、そんなことはおくびにも出さず、仕事は仕事と割り切る。

「そうだったんですね、まぁあの人は色んなところで手広くやってますから。三つ星レストランやら、シャネルやら」

 すごいですよね、と心にも思っていないことを口が勝手に。

 だが、その行動と心理のバランスのズレを見切ったサミー。人心の掌握は監督の役割。

「……キミはもしかして彼の……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Réglage 【レグラージュ】

キャラ文芸
フランスのパリ3区。 ピアノ専門店「アトリエ・ルピアノ」に所属する少女サロメ・トトゥ。 職業はピアノの調律師。性格はワガママ。 あらゆるピアノを蘇らせる、始動の調律。

C × C 【セ・ドゥー】

キャラ文芸
フランス、パリ七区。 セギュール通りにあるショコラトリー『WXY』。 そこで一流のショコラティエールを目指す、ジェイド・カスターニュ。 そして一九区。 フランス伝統芸能、カルトナージュの専門店『ディズヌフ』。 その店の娘、オード・シュヴァリエ。 ふたりが探り旅する、『フランス』の可能性。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

Parfumésie 【パルフュメジー】

キャラ文芸
フランス、パリの12区。 ヴァンセンヌの森にて、ひとり佇む少女は考える。 憧れの調香師、ギャスパー・タルマに憧れてパリまでやってきたが、思ってもいない形で彼と接点を持つことになったこと。 そして、特技のヴァイオリンを生かした新たなる香りの創造。 今、音と香りの物語、その幕が上がる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ナマズの器

螢宮よう
キャラ文芸
時は、多種多様な文化が溶け合いはじめた時代の赤い髪の少女の物語。 不遇な赤い髪の女の子が過去、神様、因縁に巻き込まれながらも前向きに頑張り大好きな人たちを守ろうと奔走する和風ファンタジー。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

あやかし蔵の管理人

朝比奈 和
キャラ文芸
主人公、小日向 蒼真(こひなた そうま)は高校1年生になったばかり。 親が突然海外に転勤になった関係で、祖母の知り合いの家に居候することになった。 居候相手は有名な小説家で、土地持ちの結月 清人(ゆづき きよと)さん。 人見知りな俺が、普通に会話できるほど優しそうな人だ。 ただ、この居候先の結月邸には、あやかしの世界とつながっている蔵があって―――。 蔵の扉から出入りするあやかしたちとの、ほのぼのしつつちょっと変わった日常のお話。 2018年 8月。あやかし蔵の管理人 書籍発売しました! ※登場妖怪は伝承にアレンジを加えてありますので、ご了承ください。

処理中です...