115 / 232
コン・アニマ
115話
しおりを挟む
昼過ぎにさしかかり、活気あるパリの街並みとはかけ離れ、〈ソノラ〉は静かに時を刻む。溢れんばかりの花で覆いつくすような花屋が多いなか、ソノラは店の前の木製のイスに、毎日違うアレンジメントが置いてあるだけなので、非常にひっそりとした印象を受ける。
が、店内に入れば別世界のような色とりどりの花が迎えてくれる。予約優先制であるため、今はイスのところに閉店の看板が掲げられている。
「伺いましょう」
簡素な木製のテーブルとイスにかけているのは、店主のベアトリスと四〇歳手前とおぼしき男性。全体的に細身な黒い服を選びつつも、コートの黄色や靴の紫色で遊ぶ。パリジャンの見本のようなファッションだ。
「五年ほど前に亡くなった妻からの手紙なんだが……」
そう言いながら男性は、服の内側のポケットから紙を取り出した。が、渡す寸前でピタっと止め、ベアトリスを見やり、
「すまないね、少し重い話になってしまうかな」
と気づかう。目には迷いが見える。
ひとつ瞬きをしたベアトリスは、
「いえ、お気になさらず」
と、その手紙を受け取った。指先に厚手の紙の感覚。老舗メーカー、ジョルジュ・ラロのヴェルジェ・ド・フランス。
(死者からの手紙……)
高級な質感を感じつつも、ベアトリスはゆっくりと開いた。不謹慎だが、興味はある。そして目を見開く。
「……これは……?」
戸惑うベアトリスの反応に、予想通り、と男性は息を吐く。
「不思議だろう。それがなぜかこの前届いたんだ。郵政公社に問い合わせたら、五年後に届けてほしい、と当時言われたそうで、大切に保管しておいてくれたようだ」
フランスでは、荷物の紛失は非常に多い。特にインボイス、税関申告書類など、非常に大事なものまで無くす。その結果、送り先の海外の税関でストップしている、というのはよくある話。控えなども保管せず捨てることが多い。そんな中、五年後にしっかりと届くという、奇跡のような出来事が起きている。
そしてA5サイズの紙の中心には、流れるような筆致で四文字。子供でも読める。
それを眉間に皺を寄せベアトリスは凝視した。
「エス、ア、エム、イグレック……『サミー』」
サミーとはつまり。頷いたベアトリスは、男性の顔色を確認する。
「監督のお名前ですね」
「そうなんだ。たったそれだけなんだよ」
サミー・ジューヴェ。若手新進気鋭の映画監督として、今国内外から注目を浴びる男である。アクションでセザール賞の最優秀監督賞を獲得したかと思えば、恋愛映画でカンヌ国際映画祭の監督賞にノミネートされたりと、ジャンルを問わず活躍する、フランスを代表する監督のひとり。
が、店内に入れば別世界のような色とりどりの花が迎えてくれる。予約優先制であるため、今はイスのところに閉店の看板が掲げられている。
「伺いましょう」
簡素な木製のテーブルとイスにかけているのは、店主のベアトリスと四〇歳手前とおぼしき男性。全体的に細身な黒い服を選びつつも、コートの黄色や靴の紫色で遊ぶ。パリジャンの見本のようなファッションだ。
「五年ほど前に亡くなった妻からの手紙なんだが……」
そう言いながら男性は、服の内側のポケットから紙を取り出した。が、渡す寸前でピタっと止め、ベアトリスを見やり、
「すまないね、少し重い話になってしまうかな」
と気づかう。目には迷いが見える。
ひとつ瞬きをしたベアトリスは、
「いえ、お気になさらず」
と、その手紙を受け取った。指先に厚手の紙の感覚。老舗メーカー、ジョルジュ・ラロのヴェルジェ・ド・フランス。
(死者からの手紙……)
高級な質感を感じつつも、ベアトリスはゆっくりと開いた。不謹慎だが、興味はある。そして目を見開く。
「……これは……?」
戸惑うベアトリスの反応に、予想通り、と男性は息を吐く。
「不思議だろう。それがなぜかこの前届いたんだ。郵政公社に問い合わせたら、五年後に届けてほしい、と当時言われたそうで、大切に保管しておいてくれたようだ」
フランスでは、荷物の紛失は非常に多い。特にインボイス、税関申告書類など、非常に大事なものまで無くす。その結果、送り先の海外の税関でストップしている、というのはよくある話。控えなども保管せず捨てることが多い。そんな中、五年後にしっかりと届くという、奇跡のような出来事が起きている。
そしてA5サイズの紙の中心には、流れるような筆致で四文字。子供でも読める。
それを眉間に皺を寄せベアトリスは凝視した。
「エス、ア、エム、イグレック……『サミー』」
サミーとはつまり。頷いたベアトリスは、男性の顔色を確認する。
「監督のお名前ですね」
「そうなんだ。たったそれだけなんだよ」
サミー・ジューヴェ。若手新進気鋭の映画監督として、今国内外から注目を浴びる男である。アクションでセザール賞の最優秀監督賞を獲得したかと思えば、恋愛映画でカンヌ国際映画祭の監督賞にノミネートされたりと、ジャンルを問わず活躍する、フランスを代表する監督のひとり。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
0
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる