Sonora 【ソノラ】

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コン・アニマ

115話

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 昼過ぎにさしかかり、活気あるパリの街並みとはかけ離れ、〈ソノラ〉は静かに時を刻む。溢れんばかりの花で覆いつくすような花屋が多いなか、ソノラは店の前の木製のイスに、毎日違うアレンジメントが置いてあるだけなので、非常にひっそりとした印象を受ける。

 が、店内に入れば別世界のような色とりどりの花が迎えてくれる。予約優先制であるため、今はイスのところに閉店の看板が掲げられている。

「伺いましょう」

 簡素な木製のテーブルとイスにかけているのは、店主のベアトリスと四〇歳手前とおぼしき男性。全体的に細身な黒い服を選びつつも、コートの黄色や靴の紫色で遊ぶ。パリジャンの見本のようなファッションだ。

「五年ほど前に亡くなった妻からの手紙なんだが……」

 そう言いながら男性は、服の内側のポケットから紙を取り出した。が、渡す寸前でピタっと止め、ベアトリスを見やり、

「すまないね、少し重い話になってしまうかな」

 と気づかう。目には迷いが見える。

 ひとつ瞬きをしたベアトリスは、

「いえ、お気になさらず」

 と、その手紙を受け取った。指先に厚手の紙の感覚。老舗メーカー、ジョルジュ・ラロのヴェルジェ・ド・フランス。

(死者からの手紙……)

 高級な質感を感じつつも、ベアトリスはゆっくりと開いた。不謹慎だが、興味はある。そして目を見開く。

「……これは……?」

 戸惑うベアトリスの反応に、予想通り、と男性は息を吐く。

「不思議だろう。それがなぜかこの前届いたんだ。郵政公社に問い合わせたら、五年後に届けてほしい、と当時言われたそうで、大切に保管しておいてくれたようだ」

 フランスでは、荷物の紛失は非常に多い。特にインボイス、税関申告書類など、非常に大事なものまで無くす。その結果、送り先の海外の税関でストップしている、というのはよくある話。控えなども保管せず捨てることが多い。そんな中、五年後にしっかりと届くという、奇跡のような出来事が起きている。

 そしてA5サイズの紙の中心には、流れるような筆致で四文字。子供でも読める。

 それを眉間に皺を寄せベアトリスは凝視した。

「エス、ア、エム、イグレック……『サミー』」

 サミーとはつまり。頷いたベアトリスは、男性の顔色を確認する。

「監督のお名前ですね」

「そうなんだ。たったそれだけなんだよ」

 サミー・ジューヴェ。若手新進気鋭の映画監督として、今国内外から注目を浴びる男である。アクションでセザール賞の最優秀監督賞を獲得したかと思えば、恋愛映画でカンヌ国際映画祭の監督賞にノミネートされたりと、ジャンルを問わず活躍する、フランスを代表する監督のひとり。
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