Sonora 【ソノラ】

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コン・アニマ

111話

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「かつて、オリンピックが開催された都市で、選手に振る舞われて料理の話だ。もちろんシェフのその国の一流。各国の料理の研究も怠らず、最高級の食材を使い、開催を心待ちにしていた」

 一九六四年の東京オリンピックのことをベアトリスは持ち出した。

 いまだ戦争の爪痕が残る日本に、人々が復興を祈ったそのオリンピックでは、国際社会に認めてもらうためにも、全てにおいて鼻息荒く準備をしていた。そのうちのひとつが料理であった。パリにも料理留学経験のあるメインシェフを中心に、選手村に四つの食堂を作るなど、策を練っていたのだ。

「だが、選手たちは練習で疲れ、お腹を空かせているにも関わらず、残す者が非常に多かったらしい。なんでだかわかるか?」

 いきなり問題を投げかけられたベルは、反射的に答える。
 
「どうしても祖国の味とは違った?」

「なきにしもあらずだが、祖国である日本の選手も残したという」

 話しながらもベアトリスは、次々と新しいアレンジメントを手元で作っている。質問を考えながらもベルは、その様をみて「器用だなー」と余計なことを考えていた。とりあえず思いついたことを口にする。

「練習で疲れすぎて、逆にお腹が空いていなかった?」

「それも違う。外に出て観光しながら、買い食いしていた者もたくさんいたという」

 であれば、違いは味ではあると考えるのだが、そこまででベルは考えが止まった。

 パキン、とベアトリスが白いバラ茎を切り分けるハサミの音が響く。切りすぎたかな、と心の中で反省しつつ、完成予想を修正。ベルがまだ答えを出せそうにないので、少し手を加えてモヒート風にしようと画策する。オーデコロンミントと白いアネモネ、白いバラ。コリンズグラスにまとめて、ストローを刺そう。

「ダメだ、わかりません……」

 喉元までは出ているような気もするのだが、結局そこを通り過ぎずベルは降参した。なんとなくこの姉弟には負けたくないのだが、なんだかんだで上をいかれている気がして悔しい。が、わからないものはわからない。

その姿を見、もう一度ベアトリスは小さく喜んだ。正解できないと嬉しい。が、ヒント。

「ちょっとした違いだ。アスリートになった気持ちで考えてみろ」

 そうベアトリスは言いながら、作っているアレンジの余分な葉を落とした。

「アスリートは体を動かす、動かすと汗が出る。汗が出るとどうなる」

 汗と言って自分で気づいたが、無意識にモヒートを作っていた。やはり夏の暑い日はモヒートなんかいいな、と最高気温一桁のこの時期にベアトリスは頷く。
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