Sonora 【ソノラ】

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コン・アニマ

108話

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 『花は、地球の唇から音もなく生まれる大地の音楽』。

 アメリカの詩人、エドウィン・カランはそう称した。花は音楽であり、音楽は花である。花は食べることもできるし、嗅ぐことも、見ることも、触れることもできる。さらに彼は、音を発すると。

 ならばどのように? 風の強い日の木々ならば音を発するが、それはただ揺らされているだけ。レコードプレーヤーに乗せて曲が流れるわけでもない。ピックで爪弾いても、ただ痛むだけ。擦り合わせても、叩いても音が出るわけではない。

 花には意味がある。バラの花束が愛を示すように、ユリが純潔を示すように。花はそれ自体では音を発さない。花言葉なんて、人類が勝手に決めたことだが、それで癒される人もいる。人の手を介して、その意味の音を届ける。

 その人が自分でも気づかない、心が求める音。それを届けることが、フローリストの役割である。
 

 †


 エルメスやバレンシアガなど、高級ブティックがところ狭しと並ぶ大通り、フランスへ観光に訪れた者が向かう場所のトップに君臨する『凱旋門』。それを有するパリ八区。メインの大通りを一本外れると、もはや警察も諦めたと言わんばかりに、違法駐車された車が無数に見えてくる。

 カフェでは、寒さがそろそろ体にこたえてくる時期なのか、テラス席でコーヒーを楽しむ人は日に日に減っている。日も落ち、気温も一〇度を下回ってくると、さすがのパリジャン・パリジェンヌも暖がほしくなる。

 そんな大都会パリ八区に小さな花屋がある。雑貨屋とカフェに挟まれたその店の名は、『音』を意味する〈ソノラ〉という。

 外まで溢れんばかりに花を飾る店が多い中、〈ソノラ〉は白い木製のイスに、日替わりのアレンジメントが置いてあり、店名が書かれたステーが吊るされてあるのみの、少し殺風景とすら感じる初見ではある。

「アレンジメントに必要なものはなんだ?」

 片開きになったドアを抜けた店内で、不機嫌そうな少女が問いかけた。ベアトリス・ブーケ。この店の店主。不機嫌そうなのはいつもであり、生まれたときからそうなのではないかと思えるほど。

「はい?」

 漠然としすぎた質問に、店内にいたもうひとりの少女は聞き返した。ベル・グランヴァル。この店のアルバイト。ちなみにフランスでは、学生は一六歳からアルバイトは可能なのだが、それも長期休暇の時のみであるところが大半であり、彼女の通うモンフェルナ学園も例に漏れない。つまり本来は禁止である。
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