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アフェッツオーソ
106話
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シャルルはどうすればいいのかわからない。ただ狼狽するだけである。「え……」や「あ……」など、子音のつかない楽な言葉でなければ口から素直に出ていかなかった。そのベルの瞳が濡れていることにシャルルは離されて気付く。それだけではない。その、自分の心にも。今なら、いや、今しか言えない。決意した。
「あの、先輩……僕も――」
言いかけて、
「『ぬいぐるみ』、だめ?」
違う意味で、理由で時が止まる。
「……ぬいぐるみ?」
……なにそれ?
遮られたシャルルの言葉は、まったく予想していない物質だった。
ベルはそのまま追撃する。
「なんかね、ずっとこうしてると安眠できそうで、ふちゃーっとした抱き心地と高さがちょうどいいの。ほっぺとか柔らかいし、適度に温かいし、なんかぽわーっとしてくる」
「先、輩?」
「だからね、レティシアとかに抱かれてると、返しなさい! って思っちゃうのかな。たぶん」
やっぱりそうだよね、と結末を迎えたベルの思考。シャルルの自問自答。
「ぬい、ぐるみ……」
「うん、先に言ったじゃない。それで、シャルル君はなにを言いかけてたの?」
「先、って……あ」
抱きつかれた瞬間にベルがなにか言っていた気がした。記憶のルーチンが「そんな感じだった気がする」と呼びかける。と、ただの勘違いだと気付き、シャルルは歯をカチカチと鳴らして顔から火が出るかと思うほどに熱を帯びる。
「あたしが好き、って?」
「ち、違います!」
慌てて否定をし、混乱を極めた脳から送られてくる電気信号を言葉にして、吐き出した言葉は、ツギハギだらけで一貫性が見えない。
「先輩がよくわからないことを言うから忘れました! もう遅いですし、ご両親が心配してるかもしれませんから、気をつけてお帰りください! お疲れ様でした! それでは!」
「そう、だね。シャルル君も来る?」
「行きません!」
「残念。それじゃあまた明日ね」
と言い残し、夜の闇に消えていくベルの背中。人通りの多いアベニューへはすぐだ。もう特に心配もいらないであろう。嵐が過ぎた、とはまさにこのことだった。
「……ふぅ……」
手に、頭に、背中に。いたるところに汗が浮かび、火照ったシャルルの体を外気がひんやりと気持ちよくさする。心臓はまだ元気よく俊敏に全身へ血を送り、どうやらしばらくは治まりそうにない。この季節の変わり目は油断をするとすぐに風邪をひく。状況で言えば今まさに危険な域なのだろう。しかしその冷たさが気持ちよく、ベルが去った方向を見つめ続けながらその一挙手一投足を思い出していた。
「もう、先輩は勝手なんだから」
ぶつくさと文句をアベニューに向かい放ち、躊躇いつつ自分の唇をシャルルはそっと触れた。これが――いや、やめよう。それにさっき言った言葉も忘れよう、なんで先輩に――
「『あの、先輩……僕も――』、なんだ?」
「!」
それはまだ数分の一しか生きていないであろうシャルルの人生の中で、一番長年聞いてきた声。それが背後から。
「あの、先輩……僕も――」
言いかけて、
「『ぬいぐるみ』、だめ?」
違う意味で、理由で時が止まる。
「……ぬいぐるみ?」
……なにそれ?
遮られたシャルルの言葉は、まったく予想していない物質だった。
ベルはそのまま追撃する。
「なんかね、ずっとこうしてると安眠できそうで、ふちゃーっとした抱き心地と高さがちょうどいいの。ほっぺとか柔らかいし、適度に温かいし、なんかぽわーっとしてくる」
「先、輩?」
「だからね、レティシアとかに抱かれてると、返しなさい! って思っちゃうのかな。たぶん」
やっぱりそうだよね、と結末を迎えたベルの思考。シャルルの自問自答。
「ぬい、ぐるみ……」
「うん、先に言ったじゃない。それで、シャルル君はなにを言いかけてたの?」
「先、って……あ」
抱きつかれた瞬間にベルがなにか言っていた気がした。記憶のルーチンが「そんな感じだった気がする」と呼びかける。と、ただの勘違いだと気付き、シャルルは歯をカチカチと鳴らして顔から火が出るかと思うほどに熱を帯びる。
「あたしが好き、って?」
「ち、違います!」
慌てて否定をし、混乱を極めた脳から送られてくる電気信号を言葉にして、吐き出した言葉は、ツギハギだらけで一貫性が見えない。
「先輩がよくわからないことを言うから忘れました! もう遅いですし、ご両親が心配してるかもしれませんから、気をつけてお帰りください! お疲れ様でした! それでは!」
「そう、だね。シャルル君も来る?」
「行きません!」
「残念。それじゃあまた明日ね」
と言い残し、夜の闇に消えていくベルの背中。人通りの多いアベニューへはすぐだ。もう特に心配もいらないであろう。嵐が過ぎた、とはまさにこのことだった。
「……ふぅ……」
手に、頭に、背中に。いたるところに汗が浮かび、火照ったシャルルの体を外気がひんやりと気持ちよくさする。心臓はまだ元気よく俊敏に全身へ血を送り、どうやらしばらくは治まりそうにない。この季節の変わり目は油断をするとすぐに風邪をひく。状況で言えば今まさに危険な域なのだろう。しかしその冷たさが気持ちよく、ベルが去った方向を見つめ続けながらその一挙手一投足を思い出していた。
「もう、先輩は勝手なんだから」
ぶつくさと文句をアベニューに向かい放ち、躊躇いつつ自分の唇をシャルルはそっと触れた。これが――いや、やめよう。それにさっき言った言葉も忘れよう、なんで先輩に――
「『あの、先輩……僕も――』、なんだ?」
「!」
それはまだ数分の一しか生きていないであろうシャルルの人生の中で、一番長年聞いてきた声。それが背後から。
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