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アフェッツオーソ
97話
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どういうこと? とシャルルはベアトリスに訴える。どうやらこの先はさすがにシャルルといえど予定にはないようである。見開く目がそれを物語る。
「姉さん、なにか知ってるの?」
「さあてな。だが面白いものが見れそう、いや、見るわけではないか」
「……?」
痒いところに届かない返答に、ますます疑念が募るシャルル。
そのままベルがその台本を読み始めた。
「あのね、今日遅くなったのは、これのため、だったの。昨日はもうお店閉まってて、他のお店にはなくって。それで今日そのお店にも行ったんだけど、でもやっぱりそこにもなくて」
曲がりくねった道筋を辿り、未だ全貌を掴めないが、ベルは焦らしているわけではない。ただ単純にどう言えばいいのかがわからない。それゆえに遠回りとなっているのだ。
「それを『作ってた』と言っていたわね。なにかしら?」
「……これ、なの」
恥ずかしそうに、袋に最後まで残っていた小さいながらも重量感のあるそれを取り出す。ブランケットボックスを思わせる形状のそれは、店のインテリアとして置いてあるものによく似ていた。
手廻しオルゴール。
小さいながらも存在感を示す無機物。しかしこの無機物が宿しているものは、ベルが心から詰め込んだ宝箱のよう。
「作るって、まさか五線譜にパンチを打ち込む、あの」
「うん、それ。本当はそういうのはやったことないし、職人の人にやってもらうのが一番なんだろうけど、話を聞いてたらどうしても自分で作りたい、作らなきゃって」
「まぁ、普通は思わんだろうな」
訊ねるシャルル。頷くベル。突っ込むベアトリス。
三者の反応はあらかじめ決められていたかのように完璧に振り分けられており、話の進行を円滑にする。
「なんの曲か、聴かせてもらってもいい、わよね?」
控えめに同調を求めるセシルに「もちろん」とベルは応じる。
「そのために打ち込んだの。たった数小節しかないんだけど、あたしからもお願い、聴いてほしい」
曲譜カードを差し込む指が震える。一回で入らない。ハンドルを廻す指が汗をかく。やけに重い。緊張をしているのか、鼓動もいくぶんか速く感じられる。
ママは、覚えているのだろうか。
不安が広がる。出来ればあたしから言うのではなく、気付いてほしい。なんでこの曲なのか。
でも大丈夫。ママならわかるはず。だってあたしのママだから。理由はそれだけで十分だ。
曲のテンポは体に染み付いている。大丈夫、上手く廻せる。だから、お願い。
ゆっくりと廻し始めると鳴り出す音色。その最初の音は
『ラ』
「——!」
秋から冬にかけて、少しずつ寒くなっていく今の大気。朝はすでに一桁の気温を記録し、太陽も顔をあまり出さない。そのはずなのに、セシルの体はその瞬間、まるで十年以上前の初夏を思い出す。爽やかな風が窓辺のゼラニウムを吹き抜けるその風景。
あの日がすべての始まりだった。聞き入る耳。黒と白を見つめる瞳。それらが乗るヒザの熱。
たった数小節、十数秒の僅かな時間ではあったが、それだけで十分だった。演奏時間と同じ程の余韻を味わい、シャルルは感想を口にする。
「なんか、楽しそうな曲でしたね」
「姉さん、なにか知ってるの?」
「さあてな。だが面白いものが見れそう、いや、見るわけではないか」
「……?」
痒いところに届かない返答に、ますます疑念が募るシャルル。
そのままベルがその台本を読み始めた。
「あのね、今日遅くなったのは、これのため、だったの。昨日はもうお店閉まってて、他のお店にはなくって。それで今日そのお店にも行ったんだけど、でもやっぱりそこにもなくて」
曲がりくねった道筋を辿り、未だ全貌を掴めないが、ベルは焦らしているわけではない。ただ単純にどう言えばいいのかがわからない。それゆえに遠回りとなっているのだ。
「それを『作ってた』と言っていたわね。なにかしら?」
「……これ、なの」
恥ずかしそうに、袋に最後まで残っていた小さいながらも重量感のあるそれを取り出す。ブランケットボックスを思わせる形状のそれは、店のインテリアとして置いてあるものによく似ていた。
手廻しオルゴール。
小さいながらも存在感を示す無機物。しかしこの無機物が宿しているものは、ベルが心から詰め込んだ宝箱のよう。
「作るって、まさか五線譜にパンチを打ち込む、あの」
「うん、それ。本当はそういうのはやったことないし、職人の人にやってもらうのが一番なんだろうけど、話を聞いてたらどうしても自分で作りたい、作らなきゃって」
「まぁ、普通は思わんだろうな」
訊ねるシャルル。頷くベル。突っ込むベアトリス。
三者の反応はあらかじめ決められていたかのように完璧に振り分けられており、話の進行を円滑にする。
「なんの曲か、聴かせてもらってもいい、わよね?」
控えめに同調を求めるセシルに「もちろん」とベルは応じる。
「そのために打ち込んだの。たった数小節しかないんだけど、あたしからもお願い、聴いてほしい」
曲譜カードを差し込む指が震える。一回で入らない。ハンドルを廻す指が汗をかく。やけに重い。緊張をしているのか、鼓動もいくぶんか速く感じられる。
ママは、覚えているのだろうか。
不安が広がる。出来ればあたしから言うのではなく、気付いてほしい。なんでこの曲なのか。
でも大丈夫。ママならわかるはず。だってあたしのママだから。理由はそれだけで十分だ。
曲のテンポは体に染み付いている。大丈夫、上手く廻せる。だから、お願い。
ゆっくりと廻し始めると鳴り出す音色。その最初の音は
『ラ』
「——!」
秋から冬にかけて、少しずつ寒くなっていく今の大気。朝はすでに一桁の気温を記録し、太陽も顔をあまり出さない。そのはずなのに、セシルの体はその瞬間、まるで十年以上前の初夏を思い出す。爽やかな風が窓辺のゼラニウムを吹き抜けるその風景。
あの日がすべての始まりだった。聞き入る耳。黒と白を見つめる瞳。それらが乗るヒザの熱。
たった数小節、十数秒の僅かな時間ではあったが、それだけで十分だった。演奏時間と同じ程の余韻を味わい、シャルルは感想を口にする。
「なんか、楽しそうな曲でしたね」
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