Sonora 【ソノラ】

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アフェッツオーソ

88話

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 シャルル一人で言い切るには勢いが足りず、ベアトリス一人で言い切るには最初に口ごもり、そうして二人合わせて一つの単語を復唱した。

「ね? 普通だったらそんなもの、初めて会った人に花屋の店員が贈る? 最初は綺麗な花だな、くらいしか思ってなかったけど、よくよく説明されて驚いたわ。見た目は奥手そうなのに、って」

 姉弟は同じタイミングで深く息を吸い、同じタイミングで深く息を吐いた。

「……ストレートにもほどがあるな」

「まさか……代表みたいなものだよね、アガパンサスって。ストレートすぎて逆にウチにもおいてないよ」

 アガパンサス――その形からムラサキクンシランともアフリカンリリーとも呼ばれ、根が太く水はけと日当たり次第ではどこでも育つと言われる。ギリシア語で『愛の花』を意味し、花言葉は……『恋の訪れ』。

「まぁ使い道さえおかしくなければ、女であれば喜ぶだろうがな。回りくどい男は好まんヤツも多い。私はそんなに安くないぞシャルル」

 いちいち要領を得ない補足も付け足すベアトリスに対し、最後の方は聞こえなかった風を装いシャルルはそれをさらりと流す。

「でもこれじゃベル先輩にストレートすぎ、なんて言えないね。上には上が――」

「あら、あの子もそんな直球なことを考えてたの? やっぱ血は争えない、ってことかしら」

 ……今、なにかおかしいことを言ったか? と、どちらともなく姉と弟の似た顔が似た表情で向き合う。大玉の仰天が続き、相乗効果でハネ上がる。その意味することはつまり、

「……どういうことでしょうか?」

 だがそれでも問うことによって、早急な誤った判断をせず、正しい常識的な対応を心がけた。

「その人、私の夫のファビアンよ。その後色々あって結婚して、あの子が生まれたの。是非今度連れてきたいわね、絶対気に入ると思うから」

 勘が外れてほしいと思ったわけではないし、その人の事情にとやかく口を挟むつもりもない。男女の出会い方はそれこそ無数にあるし、信号待ちをしている女性に後ろから声を掛ける場合もあれば、それがたまたまいきなり初対面で愛の告白をされることもある。

 だからこそ反論も許されず、しかしそれでも腑に落ちない奇妙な感覚が働き、その場の最良の選択は『納得』であると本能が告げる。

「まぁなんだ……つまりあいつはフローリストのサラブレッド、というわけか」

 気を取り直したベアトリスが話を整理する。が、呆然とも唖然とも取れる力のないそれだった。

「そういうことになるかしらね。とはいえ、あの人はバイトだったから、その後辞めて普通に会社に就職ってわけだし、私もあの子が生まれる前に辞めちゃったから、証拠もほとんどない。気付かないのも無理ないわ」

「ではファビアンさんを知ろうとフローリストの道へ入った、ということですか。そういえば、先輩が〈ソノラ〉で働こうとしたのって、僕のアレンジが発端でした。やっぱりそういったところも似てますね」
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