Sonora 【ソノラ】

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アフェッツオーソ

66話

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「!」

 自分の名前が出たところで発言を許された気がし、そろりそろりとベルはセシルに歩を寄せた。力なくにじり寄る、と表現する方が正しい速度である。

「あの、ママ、どうして今日は〈ソノラ〉に来たの? 反対とかしてなかった、よね?」

 セシルのほうが数センチだが背が高く、必然的にベルは上目遣いになる。

「あら、娘の働く姿を見たい、ってのが本心よ。なにか疑ってるみたいだけど、それは本当」

 怒っているわけではない、それはわかっていた。心の底から応援してくれていたことを知っているから。だがなぜか心のシコリが溶けず、ベルは引っ掛かりを感じていた。

「でも、なんかいつものママと違う気がする……だって、すごく悲しそうな目をしてる」

 その想いを言葉として紡ぐ。

「そう? あなたはあなたの道を選んだのよ? ピアノにもいい感じに表れてる気がするわ。まぁ、私なんかじゃ、あまり説得力がないかもしれないけれど」

「答えて……!」

 小さな怒声を張り上げベルは打ち消すが、その後の続き見出せずに口惜しそうに唇を噛む。自らを卑下するかのような口ぶりの母親に対し、自分なりに気の利いた言葉を模索するが、どうしても思いつかないのだ。

「大丈夫、パパも応援してくれてるし、あなたは自分の思うとおりに生きなさい。お金がかかる、とか心配しなくていいの。親は子供のためにお金を使うのが一番の喜びなんだから」

 そして数秒。

 その間に様々な感情が混ざった。

 ピアノを初めて知った頃のおぼろげな記憶。

 新しく自分用のピアノを買ってもらった時の喜び。

 初等部の頃に初めてコンクールに出た緊張感。

 惜しくも入選できなかった悔しさ。

 次のコンクールで入選したときの達成感。

 中等部で大きなコンクールに出てついに優勝した時の涙。

 あの少女の技術を知った時の絶望感。

 その後、ピアノを止めた時の虚無感。

 友達と過ごす時間の大切さ。

 シャンゼリゼ通りで迷った。

 小さな花屋を知った。

 そして、君に、出会えたんだよ。 
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