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アフェッツオーソ
65話
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『古風な』というところに、思わずセシルは忍び笑いを浮かべる。見た目がどちらかといえば古風なファビアンがそれをリクエストすると、なぜかおかしく思えたのだ。
「それがいい! 『こふーなめぬ』……ぬぬぬ」
どんな曲なのかも知らないはずのベルも、同調して囃し立てる。しかしやはり『メヌエット』の発音は難しかったらしく、数回言い直すが、一度も上手く言えずにいた。
「……よし、それじゃやってみますか」
その優しい光を灯した母の瞳は、久々に演じる自分の生きがいに轟々と燃えるようで、ベルは口を開いてそれを見つめた。
それが、ベルとピアノの初めての出会い。
†
「先日は名乗らなくてごめんなさいね。セシル・グランヴァル、ベルの母です。普段の対応っていうものも見てみたくて。バレバレだったみたいだけど」
簡単に自己紹介を終えたセシルは、ついでに茶目っ気を見せた。
「いいお店ね。お店は雰囲気もあって、フローリストさんの知識も素晴らしいわ。なにより心から花を愛してるって伝わってくるよう」
店内のカラフルかつテーマを貫くアレンジを、恍惚には遠いが、遠く懐かしむような視線で味わうセシル。最初以外では、ベルと視線を合わせることをしていない。
「それは光栄です。我々フローリストは、お客様に喜んでいただけたら、それに代わるものはありませんから」
少々丁寧に捻じ曲げたベアトリスの感謝の言葉が、普段聞きなれないもので皮膚が粟立つような感情も生まれないほどに、ベルはどういうことなのか、わからずにいた。自分の働く姿を見に来た、という雰囲気ではない気がしていた。生唾をすでに二回飲んだ。
まず、ベルはセシルにフローリストのバイトを隠していたわけではない。むしろ、真っ先に言ったほどである。その時に少し寂しそうな表情を見せたが、それでも応援してくれたことは心から嬉しく、決意を強めた程である。
それに、最近のピアノは「技術的にはまだ本調子ではない」とセシルは指摘していたが、同時に「表現力は前以上」とも評価してくれた。そして「花屋のバイトのおかげかしら」とも笑ってくれた。
「特にあの、シャルル君? 可愛いうえに花にも詳しいし、先日のルピナスのアレンジ、すごく気に入ったわ」
ルピナスのアレンジ。確かに家にあったことを思い出したベルは、あれがシャルルの作であることを今知った。
「ありがとうございます、僕もアレンジしていて楽しかったです」
セシルの絶賛にシャルルは腰を屈める。帰宅してすぐに着替えたので、すでにシャツにポケットのついたエプロンである。本来であればベルもすぐに着替えて作業に取り掛かるべきであるが、なぜか足が向かない。それよりもまず、明らかにしなければならないことがあるからだ。
「あの、ママ、今日はどう――」
「そういえば、そちらの店員さんはお名前を伺ってなかったわ。教えていただいてもいいかしら?」
上手くセシルに言葉を重ねられ、ベルの言葉は掻き消された。
「ベアトリスです。シャルルの『姉』の」
わざわざ強調して伝えるベアトリス。
店内にはベアトリスとシャルルの二人が作ったアレンジが所狭しと並べてあるが、その大半はベアトリスの作品である。暇さえあればアレンジしているとはいえ、シャルルは学生であるがゆえに時間は限られる。店主の数に敵うわけがないのは当然である。
「ベアトリスさんね、あなたにもアレンジを注文してみたいわ。私に似合うのはどんな花なのか気になるわね」
「では是非次の機会にでも」
「そうさせていただきます」と、セシルはベアトリスに了承をし、再度シャルルに片笑む。その笑みはその場を繕うためだけとは思えない、深い色を備えているように思えた。そして、
「ベルを……お願いね」
「それがいい! 『こふーなめぬ』……ぬぬぬ」
どんな曲なのかも知らないはずのベルも、同調して囃し立てる。しかしやはり『メヌエット』の発音は難しかったらしく、数回言い直すが、一度も上手く言えずにいた。
「……よし、それじゃやってみますか」
その優しい光を灯した母の瞳は、久々に演じる自分の生きがいに轟々と燃えるようで、ベルは口を開いてそれを見つめた。
それが、ベルとピアノの初めての出会い。
†
「先日は名乗らなくてごめんなさいね。セシル・グランヴァル、ベルの母です。普段の対応っていうものも見てみたくて。バレバレだったみたいだけど」
簡単に自己紹介を終えたセシルは、ついでに茶目っ気を見せた。
「いいお店ね。お店は雰囲気もあって、フローリストさんの知識も素晴らしいわ。なにより心から花を愛してるって伝わってくるよう」
店内のカラフルかつテーマを貫くアレンジを、恍惚には遠いが、遠く懐かしむような視線で味わうセシル。最初以外では、ベルと視線を合わせることをしていない。
「それは光栄です。我々フローリストは、お客様に喜んでいただけたら、それに代わるものはありませんから」
少々丁寧に捻じ曲げたベアトリスの感謝の言葉が、普段聞きなれないもので皮膚が粟立つような感情も生まれないほどに、ベルはどういうことなのか、わからずにいた。自分の働く姿を見に来た、という雰囲気ではない気がしていた。生唾をすでに二回飲んだ。
まず、ベルはセシルにフローリストのバイトを隠していたわけではない。むしろ、真っ先に言ったほどである。その時に少し寂しそうな表情を見せたが、それでも応援してくれたことは心から嬉しく、決意を強めた程である。
それに、最近のピアノは「技術的にはまだ本調子ではない」とセシルは指摘していたが、同時に「表現力は前以上」とも評価してくれた。そして「花屋のバイトのおかげかしら」とも笑ってくれた。
「特にあの、シャルル君? 可愛いうえに花にも詳しいし、先日のルピナスのアレンジ、すごく気に入ったわ」
ルピナスのアレンジ。確かに家にあったことを思い出したベルは、あれがシャルルの作であることを今知った。
「ありがとうございます、僕もアレンジしていて楽しかったです」
セシルの絶賛にシャルルは腰を屈める。帰宅してすぐに着替えたので、すでにシャツにポケットのついたエプロンである。本来であればベルもすぐに着替えて作業に取り掛かるべきであるが、なぜか足が向かない。それよりもまず、明らかにしなければならないことがあるからだ。
「あの、ママ、今日はどう――」
「そういえば、そちらの店員さんはお名前を伺ってなかったわ。教えていただいてもいいかしら?」
上手くセシルに言葉を重ねられ、ベルの言葉は掻き消された。
「ベアトリスです。シャルルの『姉』の」
わざわざ強調して伝えるベアトリス。
店内にはベアトリスとシャルルの二人が作ったアレンジが所狭しと並べてあるが、その大半はベアトリスの作品である。暇さえあればアレンジしているとはいえ、シャルルは学生であるがゆえに時間は限られる。店主の数に敵うわけがないのは当然である。
「ベアトリスさんね、あなたにもアレンジを注文してみたいわ。私に似合うのはどんな花なのか気になるわね」
「では是非次の機会にでも」
「そうさせていただきます」と、セシルはベアトリスに了承をし、再度シャルルに片笑む。その笑みはその場を繕うためだけとは思えない、深い色を備えているように思えた。そして、
「ベルを……お願いね」
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