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コン・フォーコ
45話
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「お待たせいたしました。ちょっと机、お借りしますね」
レティシアが謝辞を述べ終わるのと同時に、扉が開く。シャルルが前回のように、容器や花やフローラルフォーム、そして鋏を持ち、静かに入室してくる。そして憑き物が落ちたようにスッキリとした表情のレティシアを見て察し、最後の一押しは自分がやるべきことだと気合を入れた。二人を連れてきて正解だった、とも。
一応見習いのベルは、すでに数回実際にやっているのを生で見ているので、基本の材料は知っている。今回もその要領なのだが、見慣れない人には新鮮に感じられるらしい。特にフローラルフォームを珍しそうにシルヴィは指でつついた。食べられるかどうかが彼女には問題である。
「フラワーアレンジメントって、実際にやってるところは初めて見るけど、案外道具って少ないのね。もっと色々な素人目にはわからないようなものがあると思ってたわ」
それぞれを見やり、レティシアは個々の役割を把握する。
「フローリストは花を『生かす』ことが重要で、『飾る』のではありません。もちろん見慣れない器材もありますが、基本は鋏と容器とフローラルフォーム、そして主役の花。これだけあれば大抵はこと足ります」
水をしっかりと含んだフローラルフォームの角を取って、バスケットに合わせつつ、レティシアに微笑む。
ステンレス製のクロムを多く含んだ鋏は錆びにくく、光沢がありよく磨かれているそれは、切れ味に綻びなく裁断する。使い捨てのナイフが世の主流となってはいるものの、シャルルには裁断の器具の中で一番手にしっくりとくる。なにより姉とお揃いである。
「でも、これは何?」
四つほどワイヤーを巻いてキツキツとなった束を、ベルは一つ手に取る。初めて見るそれは、一見手間のかかるもののようだが、自分が作ってもらったアレンジの時とは違った気丈夫な面を覗かせており、アレンジの深みをまた一つじっくりと味わった。
「それはデザイナーズワイヤーというもので固定した、ベアグラスという植物です。ちょうど仕入れたらしいので使ってみました。固定せずに使ってもいいのですが、こちらのほうが形がとりやすくなります」
いつも通りのベルに戻っている、そうシャルルは内心安心しつつ、丁寧に応じた。もちろんレティシアとは今日が初対面ということもあり、いつもの三人の状態は知らない。だが、きっと、こんなにも温かい雰囲気なのだろう、と予想した。
シルヴィも「ふむふむ」と言って理解している様を見せているが、彼女をよく知るベルとレティシアは「絶対わかってない」と目を合わせて頷いた。
束を一つ持ち、片側をフローラルフォームの側面に刺し、もう片側を上面へ。無造作感を生み出すため、次は側面と側面、そしてその次は側面と上面と、ベアグラス同士でぶつからないように適度に隙間を設けつつ、ベルが置いたのも含めシャルルはすべて刺し終える。それはとある形を、アレンジに圧倒されつつあった三人に連想させた。
「なあ、これってまるで……」
「鳥の巣、みたいね」
バスケットと相乗効果で、人の視覚に錯覚を起こさせる。期待通りの感想を受け取り、シャルルは「はい」と説き明かした。
「ベアグラスの代表的な魅せ方で『ネスト』という形です。そのままですね。固定しなければ、もう少し細く柔らかくもできますが、今回はあえて芯を作ってみました」
激しい動きを連想させるベアグラスの姿に、未知の世界を知る喜びを感じたレティシアは三本指で優しく触れる。ワイヤーの感触をじっくりと感じ取り、その指を思い詰めたような瞳で凝視した。
「ヒナはいつか巣立ちを迎える、もう私はあの子の巣立ちを認めるべき、忘れて自分も自由に生きろ、というメッセージかしら」
レティシアが謝辞を述べ終わるのと同時に、扉が開く。シャルルが前回のように、容器や花やフローラルフォーム、そして鋏を持ち、静かに入室してくる。そして憑き物が落ちたようにスッキリとした表情のレティシアを見て察し、最後の一押しは自分がやるべきことだと気合を入れた。二人を連れてきて正解だった、とも。
一応見習いのベルは、すでに数回実際にやっているのを生で見ているので、基本の材料は知っている。今回もその要領なのだが、見慣れない人には新鮮に感じられるらしい。特にフローラルフォームを珍しそうにシルヴィは指でつついた。食べられるかどうかが彼女には問題である。
「フラワーアレンジメントって、実際にやってるところは初めて見るけど、案外道具って少ないのね。もっと色々な素人目にはわからないようなものがあると思ってたわ」
それぞれを見やり、レティシアは個々の役割を把握する。
「フローリストは花を『生かす』ことが重要で、『飾る』のではありません。もちろん見慣れない器材もありますが、基本は鋏と容器とフローラルフォーム、そして主役の花。これだけあれば大抵はこと足ります」
水をしっかりと含んだフローラルフォームの角を取って、バスケットに合わせつつ、レティシアに微笑む。
ステンレス製のクロムを多く含んだ鋏は錆びにくく、光沢がありよく磨かれているそれは、切れ味に綻びなく裁断する。使い捨てのナイフが世の主流となってはいるものの、シャルルには裁断の器具の中で一番手にしっくりとくる。なにより姉とお揃いである。
「でも、これは何?」
四つほどワイヤーを巻いてキツキツとなった束を、ベルは一つ手に取る。初めて見るそれは、一見手間のかかるもののようだが、自分が作ってもらったアレンジの時とは違った気丈夫な面を覗かせており、アレンジの深みをまた一つじっくりと味わった。
「それはデザイナーズワイヤーというもので固定した、ベアグラスという植物です。ちょうど仕入れたらしいので使ってみました。固定せずに使ってもいいのですが、こちらのほうが形がとりやすくなります」
いつも通りのベルに戻っている、そうシャルルは内心安心しつつ、丁寧に応じた。もちろんレティシアとは今日が初対面ということもあり、いつもの三人の状態は知らない。だが、きっと、こんなにも温かい雰囲気なのだろう、と予想した。
シルヴィも「ふむふむ」と言って理解している様を見せているが、彼女をよく知るベルとレティシアは「絶対わかってない」と目を合わせて頷いた。
束を一つ持ち、片側をフローラルフォームの側面に刺し、もう片側を上面へ。無造作感を生み出すため、次は側面と側面、そしてその次は側面と上面と、ベアグラス同士でぶつからないように適度に隙間を設けつつ、ベルが置いたのも含めシャルルはすべて刺し終える。それはとある形を、アレンジに圧倒されつつあった三人に連想させた。
「なあ、これってまるで……」
「鳥の巣、みたいね」
バスケットと相乗効果で、人の視覚に錯覚を起こさせる。期待通りの感想を受け取り、シャルルは「はい」と説き明かした。
「ベアグラスの代表的な魅せ方で『ネスト』という形です。そのままですね。固定しなければ、もう少し細く柔らかくもできますが、今回はあえて芯を作ってみました」
激しい動きを連想させるベアグラスの姿に、未知の世界を知る喜びを感じたレティシアは三本指で優しく触れる。ワイヤーの感触をじっくりと感じ取り、その指を思い詰めたような瞳で凝視した。
「ヒナはいつか巣立ちを迎える、もう私はあの子の巣立ちを認めるべき、忘れて自分も自由に生きろ、というメッセージかしら」
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