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コン・フォーコ
36話
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アベニューを一本外れた一つの小さな花屋に、少年と少女三人が入店する。
「ただいま……」
「……なんだそれは」
弟の帰宅早々にベアトリスが侮蔑の含まれた眼差しで呟いた言葉の「それ」とは、その弟を背後から抱きかかえるように包み込む、背の高いスタイル抜群の女性のことをさした。
信号などで立ち止まるたびにこの状態になるため、シャルルも諦めていたのだが、店の中ではやらないように言うとレティシアも承諾した。が、結果はこれである。心中で困り果てている理由は推し量るに造作もない。
「えっと、妹さんかしら。レティシアよ、よろしく」
「……姉です」
すべてが終わった後の姉の行動を考え、脅えながらシャルルの説明する声は震えていた。
「あらそう。似ていると思ったけど、そっち」
遠目にはそれほど似ている、という姉弟ではない。特にどちらでもよかったのか、それには興味なくレティシアは店内を隈なく見た。感嘆の息をもらす。
「すごいわ。まるで花の胎内で包まれているかのようで、なんだか懐かしい気持ちになるわ」
今まで八区でこの店の存在を知らなかったのがもったいないくらい、と後悔するレティシアを、店主ベアトリスは最初からお客様扱いしていない。
「すごいのは当たり前だ。そんなことよりそいつを放せ。それは私の役割だ」
ブランデーグラスのような形をした竹籠の容器、その作りかけのアレンジを地面に置きつつ、立ち上がってベアトリスは言葉静かに不愉快であると示した。だがそれはベルが行ったときのそれよりも、少々落ち着きがなく、ストレートに。理由はその視線の先にある胸元にいっていた。
「ちっ」
つまらなそうに舌打ちしたベアトリスは、せわしなくこの花の空間を歩いて見て回る少女の名を呼んだ。
「おい、シルヴィ。そいつは売り物ではない、食うなよ。もし食いたいならウチの弟と、その胸にばかりに養分がいって頭に回ってなさそうな女を引き離せ」
一応お客様ではあるが、こちらもそうは微塵も感じさせないシルヴィへの言い草。
だがレティシアはそれよりも「私の役割」という言葉が頭の中で駆け巡っていた。「それは姉である私の」。奥歯をぎり、と噛んだ。
「……私がやらなきゃ、ダメなの」
それは誰に向けたでもない、レティシアの内側で広がる不安から自分を自分であると認識するための囁き。自分自身への言葉。
一方、こちらもお客様ではあるが、なぜか命令口調で指図されたシルヴィは「ん?」と花の香りを楽しんでいる最中だった。
「おお、本当か。このバラが前来たときも美味そうで目をつけてたんだ。食ってもいいのか?」
「ひっぺがすのが先だ。ベル、お前も黙ってないで手伝ったらどうだ」
「は、はい」
「ただいま……」
「……なんだそれは」
弟の帰宅早々にベアトリスが侮蔑の含まれた眼差しで呟いた言葉の「それ」とは、その弟を背後から抱きかかえるように包み込む、背の高いスタイル抜群の女性のことをさした。
信号などで立ち止まるたびにこの状態になるため、シャルルも諦めていたのだが、店の中ではやらないように言うとレティシアも承諾した。が、結果はこれである。心中で困り果てている理由は推し量るに造作もない。
「えっと、妹さんかしら。レティシアよ、よろしく」
「……姉です」
すべてが終わった後の姉の行動を考え、脅えながらシャルルの説明する声は震えていた。
「あらそう。似ていると思ったけど、そっち」
遠目にはそれほど似ている、という姉弟ではない。特にどちらでもよかったのか、それには興味なくレティシアは店内を隈なく見た。感嘆の息をもらす。
「すごいわ。まるで花の胎内で包まれているかのようで、なんだか懐かしい気持ちになるわ」
今まで八区でこの店の存在を知らなかったのがもったいないくらい、と後悔するレティシアを、店主ベアトリスは最初からお客様扱いしていない。
「すごいのは当たり前だ。そんなことよりそいつを放せ。それは私の役割だ」
ブランデーグラスのような形をした竹籠の容器、その作りかけのアレンジを地面に置きつつ、立ち上がってベアトリスは言葉静かに不愉快であると示した。だがそれはベルが行ったときのそれよりも、少々落ち着きがなく、ストレートに。理由はその視線の先にある胸元にいっていた。
「ちっ」
つまらなそうに舌打ちしたベアトリスは、せわしなくこの花の空間を歩いて見て回る少女の名を呼んだ。
「おい、シルヴィ。そいつは売り物ではない、食うなよ。もし食いたいならウチの弟と、その胸にばかりに養分がいって頭に回ってなさそうな女を引き離せ」
一応お客様ではあるが、こちらもそうは微塵も感じさせないシルヴィへの言い草。
だがレティシアはそれよりも「私の役割」という言葉が頭の中で駆け巡っていた。「それは姉である私の」。奥歯をぎり、と噛んだ。
「……私がやらなきゃ、ダメなの」
それは誰に向けたでもない、レティシアの内側で広がる不安から自分を自分であると認識するための囁き。自分自身への言葉。
一方、こちらもお客様ではあるが、なぜか命令口調で指図されたシルヴィは「ん?」と花の香りを楽しんでいる最中だった。
「おお、本当か。このバラが前来たときも美味そうで目をつけてたんだ。食ってもいいのか?」
「ひっぺがすのが先だ。ベル、お前も黙ってないで手伝ったらどうだ」
「は、はい」
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