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コン・フォーコ
27話
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両頬に溜めた空気を右にまとめて、ニヤリとしたり顔を浮かべるベルにシャルルは背を向けるが、背中を見せると、抱きつく癖も持ち合わせるこの女性にとっさの抵抗ができなくなる。一瞬でその判断を下したシャルルは、大股で歩きだそうと片足を上げたその一歩を、ゆっくり反転させてその場に下ろした。
案の定その女性の広げようとしていた両手は、ばれたのを理由に、行き場をなくす。視線は周りのアレンジ、両の手はそのまま背後で組んだ。なにもしてませんよ、と言いたいのであろう。
「ちっ」
「なんの舌打ちですか」
渋い顔をその作りが似合わない幼い顔立ちでシャルルは作ると、今度は大きめに咳を二回払い、
「ピアノはテンポの速い曲になると指遣いのスピードは顕著に違いは見えるかと思うのですが、フローリストは『忙しくても丁寧にゆっくりと』です。店側の都合でお客様をおざなりにはできませんから」
「ふむふむ」
「水揚げは基本中の基本、サッカーで言えばインサイドキックのようなものでしょうか。しっかりと落ち着いて蹴れば、子供でもプロでもそう大差はない。しかしこれがしっかりしないと、ボールは結果的にあらぬ方向に行ってしまう」
「花も然り、ってわけね。プロレスでいうところの受身ってこと」
「ピアニストなんだからピアノで例えてください……」
相変わらず読めない人、というのがこの数日でのシャルル内のベルの評価であった。何気なく、鍵盤を押す真似をしてみる。普段のときとなにが違うのか、シャルルはわからない。
「で、その注意点てのはどんなものなの?」
耳だけでなく、全身でシャルルの発言を捉えられるよう、ベルは一歩近寄った。
「新鮮かつ清潔な水を花が吸えるようにするために、鋏をしっかりと磨いで清潔にしておくことが絶対条件です。包丁も切れ味が悪いと料理の質が落ちるのと同じです」
「包丁って切れ味が悪いとダメなの? あたしなんか料理とかは……ははは」
視線を逸らし、ベルはあさっての方向を見上げた。ピアニストとしては正しい心がけなのだが、一応それと同時に女性であることも事実である。手作りのお弁当を男性と、といった甘い妄想をしたこともある。特にそういった機会は今のところないが。
「特に生食なんかだと、味の良し悪しは包丁が大半を占めます。火が通りやすく、味がよく染み込み、型が崩れない。繊維や細胞を潰さないので、管がしっかりと保たれます」
花に関する以外にも、シャルルが様々な知識を持ち合わせていることにベルは感心した。なんとなく、裁縫などにも詳しい、という予想をたてる。
「シャルル君は料理するの?」
「……姉がしないので」
「あぁ……」
ここ数日のこの家の内情を鑑みると、その家庭の部外者であるベルも想像はできた。弟はむしろ、家政婦のように扱われていた。質問に答えるシャルルの生気を失ったような表情から察し、ちょっぴり同情する。
(なんかいい主夫になりそう。ん? 夫? ってことは当然結婚するんだよね? いや、そんな、こっちは心の準備がまだなのに……)
「なにか言いましたか?」
「いや、こっちの話。花の場合も吸い上げる管が詰まってたら、たしかに花全体に水は行きわたらないね」
心の中だけで叫んでいたはずなのだが、うっかり少し漏れてしまったらしく、特に今後も生かすことはない反省をしたベルは話を切り替える。この割り切りをどうして他の事に使えないのか。
案の定その女性の広げようとしていた両手は、ばれたのを理由に、行き場をなくす。視線は周りのアレンジ、両の手はそのまま背後で組んだ。なにもしてませんよ、と言いたいのであろう。
「ちっ」
「なんの舌打ちですか」
渋い顔をその作りが似合わない幼い顔立ちでシャルルは作ると、今度は大きめに咳を二回払い、
「ピアノはテンポの速い曲になると指遣いのスピードは顕著に違いは見えるかと思うのですが、フローリストは『忙しくても丁寧にゆっくりと』です。店側の都合でお客様をおざなりにはできませんから」
「ふむふむ」
「水揚げは基本中の基本、サッカーで言えばインサイドキックのようなものでしょうか。しっかりと落ち着いて蹴れば、子供でもプロでもそう大差はない。しかしこれがしっかりしないと、ボールは結果的にあらぬ方向に行ってしまう」
「花も然り、ってわけね。プロレスでいうところの受身ってこと」
「ピアニストなんだからピアノで例えてください……」
相変わらず読めない人、というのがこの数日でのシャルル内のベルの評価であった。何気なく、鍵盤を押す真似をしてみる。普段のときとなにが違うのか、シャルルはわからない。
「で、その注意点てのはどんなものなの?」
耳だけでなく、全身でシャルルの発言を捉えられるよう、ベルは一歩近寄った。
「新鮮かつ清潔な水を花が吸えるようにするために、鋏をしっかりと磨いで清潔にしておくことが絶対条件です。包丁も切れ味が悪いと料理の質が落ちるのと同じです」
「包丁って切れ味が悪いとダメなの? あたしなんか料理とかは……ははは」
視線を逸らし、ベルはあさっての方向を見上げた。ピアニストとしては正しい心がけなのだが、一応それと同時に女性であることも事実である。手作りのお弁当を男性と、といった甘い妄想をしたこともある。特にそういった機会は今のところないが。
「特に生食なんかだと、味の良し悪しは包丁が大半を占めます。火が通りやすく、味がよく染み込み、型が崩れない。繊維や細胞を潰さないので、管がしっかりと保たれます」
花に関する以外にも、シャルルが様々な知識を持ち合わせていることにベルは感心した。なんとなく、裁縫などにも詳しい、という予想をたてる。
「シャルル君は料理するの?」
「……姉がしないので」
「あぁ……」
ここ数日のこの家の内情を鑑みると、その家庭の部外者であるベルも想像はできた。弟はむしろ、家政婦のように扱われていた。質問に答えるシャルルの生気を失ったような表情から察し、ちょっぴり同情する。
(なんかいい主夫になりそう。ん? 夫? ってことは当然結婚するんだよね? いや、そんな、こっちは心の準備がまだなのに……)
「なにか言いましたか?」
「いや、こっちの話。花の場合も吸い上げる管が詰まってたら、たしかに花全体に水は行きわたらないね」
心の中だけで叫んでいたはずなのだが、うっかり少し漏れてしまったらしく、特に今後も生かすことはない反省をしたベルは話を切り替える。この割り切りをどうして他の事に使えないのか。
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