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オーベルテューレ
20話
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手を合わせて上目遣いに懇願され、シャルルはドキリとした。が、一秒で頭を戻す。
「いえ、それはどうぞ持っていってください。いいよね、姉さん?」
「ああ、それはシャルルが趣味で作った。そしたら気に入った人がいたからあげた。それでいいんじゃないか?」
「そういうことです」
「え、でも……」
ばつが悪そうに躊躇うベルの姿を見て、はっきりしないことを好まない性格のベアトリスが助け舟を出す。
「この店のオーナーは私だ。私がルールだ。私にとっての神もまた私だ。神様が言ってるんだ、持っていけ」
ずん、と作品を半ば強引に押し付け、「花に元気がないと思ったら、水揚げしろ」とアドバイスも送る。
なんだかんだで面倒見のいい人なんだ、とベルは感謝した。
「……ありがとうございます!」
そう言い残し、花を手に扉へ向かう。先に回りこんでいたシャルルがその黒くそびえるように佇む扉を開けた。
しかし、今のベルにはこの黒も鍵盤のように見えて、最初に感じたような威圧感はもうなかった。ベアトリスの背中に向かってお辞儀をする。見えてはいないはずだが、その小さな背中の少女は笑った気がした。
さすがにそのまま持って帰すのは気が引けるので、シャルルはフラワーラップとリボンで簡単にではあるがラッピングし、再度手渡すと、ベルも再度喜びを表して深く陳謝する。
店の外まで行くと、すっかり外は暗くなっており、街灯が路地を照らす。アベニューからの光が微かに見え、まだ夜はこれからだと言わんばかりの熱気も伝わってくるようだった。
「だいぶ時間が遅くなってしまいましたね。あの、帰り道大丈夫でしょうか? 途中までお送りした方が――」
「ん、大丈夫。駅までそんなに遠くないし、慎重にだけど走っていくから。それに初等部の子が歩き回る時間でもないしね」
小さいながらも守ってくれる騎士のようなシャルルにウインクをしてみたが、自分のキャラには合わないな、とベルはすぐに悟った。
それに薄暗くなった中で見えているのかも疑問であった。二度とやらないと心に決める。
「そうですか、ではご両親によろしく言っておいてください。あと、フローラルフォームは表面が乾かないように毎日水を足してください。花に元気が感じられない際の水揚げは、花によって仕方が違うので、詳しい方がいればそちらの方に――」
「――ありがと」
そう小さく呟いて、
そして、
その少年の頬に唇を当てた。二秒ほど。
「――――!」
目を瞑っているため見えないが、当然すぐ傍に少年の顔はあるのだろう。恥ずかしさでベルは目を開けられない。ゆっくり唇を離すと、くるりとターンし、
「それじゃ、またね!」
手を振り元気よくアベニューに向けて駆け抜けていく少女の背中を、シャルルは見送りつつ、倍の四秒ほど凝固。そして暖かく柔らかいものが当たった左の頬を、何が起こったのかわからない、というように触れた。遅れて三秒。
「またの……ご来店を……」
「騒がしい女だったな」
「うわっ!」
「いえ、それはどうぞ持っていってください。いいよね、姉さん?」
「ああ、それはシャルルが趣味で作った。そしたら気に入った人がいたからあげた。それでいいんじゃないか?」
「そういうことです」
「え、でも……」
ばつが悪そうに躊躇うベルの姿を見て、はっきりしないことを好まない性格のベアトリスが助け舟を出す。
「この店のオーナーは私だ。私がルールだ。私にとっての神もまた私だ。神様が言ってるんだ、持っていけ」
ずん、と作品を半ば強引に押し付け、「花に元気がないと思ったら、水揚げしろ」とアドバイスも送る。
なんだかんだで面倒見のいい人なんだ、とベルは感謝した。
「……ありがとうございます!」
そう言い残し、花を手に扉へ向かう。先に回りこんでいたシャルルがその黒くそびえるように佇む扉を開けた。
しかし、今のベルにはこの黒も鍵盤のように見えて、最初に感じたような威圧感はもうなかった。ベアトリスの背中に向かってお辞儀をする。見えてはいないはずだが、その小さな背中の少女は笑った気がした。
さすがにそのまま持って帰すのは気が引けるので、シャルルはフラワーラップとリボンで簡単にではあるがラッピングし、再度手渡すと、ベルも再度喜びを表して深く陳謝する。
店の外まで行くと、すっかり外は暗くなっており、街灯が路地を照らす。アベニューからの光が微かに見え、まだ夜はこれからだと言わんばかりの熱気も伝わってくるようだった。
「だいぶ時間が遅くなってしまいましたね。あの、帰り道大丈夫でしょうか? 途中までお送りした方が――」
「ん、大丈夫。駅までそんなに遠くないし、慎重にだけど走っていくから。それに初等部の子が歩き回る時間でもないしね」
小さいながらも守ってくれる騎士のようなシャルルにウインクをしてみたが、自分のキャラには合わないな、とベルはすぐに悟った。
それに薄暗くなった中で見えているのかも疑問であった。二度とやらないと心に決める。
「そうですか、ではご両親によろしく言っておいてください。あと、フローラルフォームは表面が乾かないように毎日水を足してください。花に元気が感じられない際の水揚げは、花によって仕方が違うので、詳しい方がいればそちらの方に――」
「――ありがと」
そう小さく呟いて、
そして、
その少年の頬に唇を当てた。二秒ほど。
「――――!」
目を瞑っているため見えないが、当然すぐ傍に少年の顔はあるのだろう。恥ずかしさでベルは目を開けられない。ゆっくり唇を離すと、くるりとターンし、
「それじゃ、またね!」
手を振り元気よくアベニューに向けて駆け抜けていく少女の背中を、シャルルは見送りつつ、倍の四秒ほど凝固。そして暖かく柔らかいものが当たった左の頬を、何が起こったのかわからない、というように触れた。遅れて三秒。
「またの……ご来店を……」
「騒がしい女だったな」
「うわっ!」
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