5 / 235
オーベルテューレ
5話
しおりを挟む
フランスでは、花というものはなにかと理由をつけて人に贈る習慣がある。もちろんそういったお客様のために作ることが大半であるが、それらに込めた意味とは全く違う、趣味全開というアレンジは、自分の心を見透かされるようでむず痒くなるのだ。
もちろん花については素人が、それらを読み取る術など持ち合わせていないことはシャルルにもわかっている。
そしてベル本人もその通り「綺麗だな」と率直な所懐である。そこに一息つく間はあった。
ふと、その一角でポケット付きのエプロンを着た女性が、胡坐をかいてアレンジを作っているのを、観まわしていたベルは視界の端に捉えた。斜に座っており、少々見え辛く、一歩近寄る。
流麗でしなやかな指先から、また小さな、それでいて新たな小宇宙が生まれる。小さな向日葵のイエローを引き立たせるような、グラデーションとなるオレンジのバラなどのビタミンカラーで暗い気持ちを吹き飛ばす、そんな印象を受けた。弾けるリズムの快活なメロディーがよく似合うだろう。そう印象付けさせる力を持っている。
三○秒程すると、作り終わって集中力が抜けたのか、プラチナブロンドの髪を邪魔にならないように結って、綺麗なうなじを見せていた人型が、ゆっくりと振り向く。
「おかえり。なんだ、お客様か?」
「ただいま姉さん。うーん、シードルを飲みに来た、って感じかな?」
姉さん、と呼ばれた女性の透き通るような切れ長の青と、ベルのヴァイオレットの瞳が宙で合う。
が、姉は欠伸をひとつすると、これまたゆっくり「よいしょ」と小声で言い放ちながら立ち上がる。
高等部の制服をシャルルは「姉も着ていた」と言っていたことから、いくつか年上であることはベルにも予想できた。だが、立ち上がったそのサイズは、胡坐をかいていたときははっきりと気付かなかったが、シャルルと同じ、もしくはそれより小さいのでは、と見張った。
この国の成人女性の平均身長は一六○センチ半ばで、世界的に見れば中堅に位置している。近隣諸国では一七○の大台に迫ろうかということを鑑みるとそれほど高く見えないものだ。
しかしそれでももう一度ちゃんと調査をしたほうがよいのではないか、この女性を見ているとベルは無駄に心配をしてしまいたくなる。同学年の中では背の高い方という自覚のあるベルは、まだ伸びるという気もしている。胸は小さいがそこも含めて発展途上だと認識しているのだ。そう考えると、おそらく成長のピークを越えた年齢であろう目の前の少女に、どこか同情の念のようなものを覚えた。
「なんだそれは。とりあえず冷やしてあるから適当に飲め。でもちゃんと私の分は残しておけ」
ちらりと姉は自分よりかなりの背と少し胸のある少女を、頭の先からつま先まで一瞥して「ちっ」と舌打ちする。態度のでかさで色々な小ささを補おうとしているのか気になるところである。
「あの、はじめまして。ベル・グランヴァルといいます」
シャルルと同じような身振りに出てしまいそうになったが、目上に対しては敬語で話すという礼儀をしっかりとベルはわきまえ、軽くお辞儀をする。
さらりと髪をなびかせるベルの頭部が上がりきったタイミングで、小さな姉が口を開いた。
「あぁ、そいつの姉のベアトリスだ。しかし高等部の制服とは懐かしいな。どれ、貸してみろ」
「え? あ、はい。どうぞ」
しゅるっ、と小気味いい音をたてつつ、かつて同じものを着ていたらしいベアトリスに戸惑いの表情を浮かべたベルがブレザーを脱いで手渡す。サイズが合わないのでは、ということは言わないでいた。先ほどの舌打ちで、自分の身長にコンプレックスがあることは感じ取っていたのだ。
「おお、どうだ。私もまだいけるだろう」
仕事着のまま羽織ったベアトリスは、その場でクルクルと回る。
サイズはもちろん合っていないのだが、それ以上に初等部の生徒に見えた、ということは絶対に言ってはいけないとベルは心に決めた。弟を見ても思ったが、もしかしたら背の低い家系なのかもしれない、と。
「――ん?」
なにかに気付いたのか、優雅に回っていた足をベアトリスはベルに近づくことに使用する。そのままベルの手をとり、二秒ほど凝視した。そして視線をシャルルの右手にある箱に移すと、「ふんっ」と鼻を鳴らした。
「なるほどな。シャルル、いい着眼点だ。仕上げを怠るなよ」
「もしかして、もう気付いたの?」
当たり前だ、と弟に近づき額を勢いよくデコピンで弾く姉の図。しかしその身長のせいで威厳はあまり感じられない。
「い……つ……!」
額で快音を響かせ、うずくまるシャルルから再度視線をベアトリスはベルに移す。
「ベルといったな。この店の〈ソノラ〉とはどういう意味か知ってるか?」
「意味、ですか?」
疑問符をベルは頭に浮かべた。
逆に微笑を浮かべたベアトリスは床をトン、と足で叩いてリズムを生み出した。
「〈音〉だ。今のお前にピッタリの店だと思わんか?」
「な……!」
ベルは背筋が凍る感覚を覚えた。「なんでそれを」たった六文字の言葉すら言えないほどの動揺。喉の渇きのせいではない、唾液が多量に分泌されるのがわかる。ごくりと音がはっきりとベアトリスにも聞こえるほどにそれを飲み干すと、視線をそらして問う。
「どうして、そう思うんです……?」
面を食らって声から取り上せているのだろう。そのベルの様子に対し、実にあっさりとベアトリスは種明かしをした。
「指。ピアニストの指は多くを語る。バレバレもいいところだ」
「指……ですか?」
「お前自身も気付いているんじゃないのか?」
力のないベルの返答にベアトリスも返答で返す。
しかしさらに返ってくるのは重い沈黙であり、それは無言の肯定だ。
もちろん花については素人が、それらを読み取る術など持ち合わせていないことはシャルルにもわかっている。
そしてベル本人もその通り「綺麗だな」と率直な所懐である。そこに一息つく間はあった。
ふと、その一角でポケット付きのエプロンを着た女性が、胡坐をかいてアレンジを作っているのを、観まわしていたベルは視界の端に捉えた。斜に座っており、少々見え辛く、一歩近寄る。
流麗でしなやかな指先から、また小さな、それでいて新たな小宇宙が生まれる。小さな向日葵のイエローを引き立たせるような、グラデーションとなるオレンジのバラなどのビタミンカラーで暗い気持ちを吹き飛ばす、そんな印象を受けた。弾けるリズムの快活なメロディーがよく似合うだろう。そう印象付けさせる力を持っている。
三○秒程すると、作り終わって集中力が抜けたのか、プラチナブロンドの髪を邪魔にならないように結って、綺麗なうなじを見せていた人型が、ゆっくりと振り向く。
「おかえり。なんだ、お客様か?」
「ただいま姉さん。うーん、シードルを飲みに来た、って感じかな?」
姉さん、と呼ばれた女性の透き通るような切れ長の青と、ベルのヴァイオレットの瞳が宙で合う。
が、姉は欠伸をひとつすると、これまたゆっくり「よいしょ」と小声で言い放ちながら立ち上がる。
高等部の制服をシャルルは「姉も着ていた」と言っていたことから、いくつか年上であることはベルにも予想できた。だが、立ち上がったそのサイズは、胡坐をかいていたときははっきりと気付かなかったが、シャルルと同じ、もしくはそれより小さいのでは、と見張った。
この国の成人女性の平均身長は一六○センチ半ばで、世界的に見れば中堅に位置している。近隣諸国では一七○の大台に迫ろうかということを鑑みるとそれほど高く見えないものだ。
しかしそれでももう一度ちゃんと調査をしたほうがよいのではないか、この女性を見ているとベルは無駄に心配をしてしまいたくなる。同学年の中では背の高い方という自覚のあるベルは、まだ伸びるという気もしている。胸は小さいがそこも含めて発展途上だと認識しているのだ。そう考えると、おそらく成長のピークを越えた年齢であろう目の前の少女に、どこか同情の念のようなものを覚えた。
「なんだそれは。とりあえず冷やしてあるから適当に飲め。でもちゃんと私の分は残しておけ」
ちらりと姉は自分よりかなりの背と少し胸のある少女を、頭の先からつま先まで一瞥して「ちっ」と舌打ちする。態度のでかさで色々な小ささを補おうとしているのか気になるところである。
「あの、はじめまして。ベル・グランヴァルといいます」
シャルルと同じような身振りに出てしまいそうになったが、目上に対しては敬語で話すという礼儀をしっかりとベルはわきまえ、軽くお辞儀をする。
さらりと髪をなびかせるベルの頭部が上がりきったタイミングで、小さな姉が口を開いた。
「あぁ、そいつの姉のベアトリスだ。しかし高等部の制服とは懐かしいな。どれ、貸してみろ」
「え? あ、はい。どうぞ」
しゅるっ、と小気味いい音をたてつつ、かつて同じものを着ていたらしいベアトリスに戸惑いの表情を浮かべたベルがブレザーを脱いで手渡す。サイズが合わないのでは、ということは言わないでいた。先ほどの舌打ちで、自分の身長にコンプレックスがあることは感じ取っていたのだ。
「おお、どうだ。私もまだいけるだろう」
仕事着のまま羽織ったベアトリスは、その場でクルクルと回る。
サイズはもちろん合っていないのだが、それ以上に初等部の生徒に見えた、ということは絶対に言ってはいけないとベルは心に決めた。弟を見ても思ったが、もしかしたら背の低い家系なのかもしれない、と。
「――ん?」
なにかに気付いたのか、優雅に回っていた足をベアトリスはベルに近づくことに使用する。そのままベルの手をとり、二秒ほど凝視した。そして視線をシャルルの右手にある箱に移すと、「ふんっ」と鼻を鳴らした。
「なるほどな。シャルル、いい着眼点だ。仕上げを怠るなよ」
「もしかして、もう気付いたの?」
当たり前だ、と弟に近づき額を勢いよくデコピンで弾く姉の図。しかしその身長のせいで威厳はあまり感じられない。
「い……つ……!」
額で快音を響かせ、うずくまるシャルルから再度視線をベアトリスはベルに移す。
「ベルといったな。この店の〈ソノラ〉とはどういう意味か知ってるか?」
「意味、ですか?」
疑問符をベルは頭に浮かべた。
逆に微笑を浮かべたベアトリスは床をトン、と足で叩いてリズムを生み出した。
「〈音〉だ。今のお前にピッタリの店だと思わんか?」
「な……!」
ベルは背筋が凍る感覚を覚えた。「なんでそれを」たった六文字の言葉すら言えないほどの動揺。喉の渇きのせいではない、唾液が多量に分泌されるのがわかる。ごくりと音がはっきりとベアトリスにも聞こえるほどにそれを飲み干すと、視線をそらして問う。
「どうして、そう思うんです……?」
面を食らって声から取り上せているのだろう。そのベルの様子に対し、実にあっさりとベアトリスは種明かしをした。
「指。ピアニストの指は多くを語る。バレバレもいいところだ」
「指……ですか?」
「お前自身も気付いているんじゃないのか?」
力のないベルの返答にベアトリスも返答で返す。
しかしさらに返ってくるのは重い沈黙であり、それは無言の肯定だ。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
Parfumésie 【パルフュメジー】
隼
キャラ文芸
フランス、パリの12区。
ヴァンセンヌの森にて、ひとり佇む少女は考える。
憧れの調香師、ギャスパー・タルマに憧れてパリまでやってきたが、思ってもいない形で彼と接点を持つことになったこと。
そして、特技のヴァイオリンを生かした新たなる香りの創造。
今、音と香りの物語、その幕が上がる。
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
※6話は3/30 18時~更新します。間が空いてすみません!
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
Réglage 【レグラージュ】
隼
キャラ文芸
フランスのパリ3区。
ピアノ専門店「アトリエ・ルピアノ」に所属する少女サロメ・トトゥ。
職業はピアノの調律師。性格はワガママ。
あらゆるピアノを蘇らせる、始動の調律。
あやかし蔵の管理人
朝比奈 和
キャラ文芸
主人公、小日向 蒼真(こひなた そうま)は高校1年生になったばかり。
親が突然海外に転勤になった関係で、祖母の知り合いの家に居候することになった。
居候相手は有名な小説家で、土地持ちの結月 清人(ゆづき きよと)さん。
人見知りな俺が、普通に会話できるほど優しそうな人だ。
ただ、この居候先の結月邸には、あやかしの世界とつながっている蔵があって―――。
蔵の扉から出入りするあやかしたちとの、ほのぼのしつつちょっと変わった日常のお話。
2018年 8月。あやかし蔵の管理人 書籍発売しました!
※登場妖怪は伝承にアレンジを加えてありますので、ご了承ください。
伯爵令嬢の秘密の知識
シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる