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マリー・アントワネット
48話
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翌日夜。
閉店後にオーナーであるロシュディ・チェカルディが、セギュール通り店で新作の試作品を見るという情報があり、ジェイドは学校を終えてから店に向かう。時刻は一八時三〇分。少し早いが、店で待つ。混んでいたら、そのままシフトに入ってもいい。気持ちがはやる。どう転ぶかわからないが、一刻も早く楽になりたい。
「ん?」
店に着くと、ひとりの老年の男性が外で待っている。おそらく七〇手前くらいか。なかなか絵になる渋さを兼ね備えている。
待ち合わせかな、と予想したジェイドだったが、とりあえず横目に通り過ぎて店へ。そして、最近作っておいたショコラは、とりあえず形にはなっていることを確認。ロシュディが来るまで待つ。
「本当なら、もう少し時間がほしかったけど、まぁそれも改善点てことで」
そして、時刻は一九時。もうすぐ閉店だ。ソワソワしていると、なんとなく、先ほどの男性が気になる。待ち合わせはできたのだろうか。確認すると、まだいるようだ。しかたない。店の制服に着替えて外へ。
「もうすぐ閉店ですよ。どうされました?」
とりあえず声をかけてみる。もしかしたら、店を間違えているのかもしれない。七区はショコラトリーがたくさんある、激戦区だ。ないこともないだろう。
寒さでやつれた表情で、その男性は返した。
「あぁ、店の前で待ち合わせなんだけどね。どうやら遅れてるみたいで、ずっと待たされてるんだよ。全く、M.O.Fというものは忙しいもんだね」
M.O.F。それを獲得している人物はWXYにはひとりしかいない。ジェイドはハッとした。
「てことは、オーナーのお知り合いの方ですか?」
そう言われ、男性は少し驚いたような顔をした。そしてすぐにニコッと笑う。
「うん、そうだよ。今日は新作の試食だと聞いてね。それに呼ばれたから来たのに、肝心の本人がいないもんだから、入っていいものかわからなくて」
新作のことも知っている。ということは関係者。ならば問題はないだろう。ジェイドははとりあえず中に入ってもらい、カフェスペースで待ってもらうことに。しかし、オーナーが呼ぶほどということは、かなりの有名な人なのだろうか。だいたいのショコラの有名人はわかっているつもりだったが、もしかしたらワールドチョコレートマスターズの審査員などだろうか。だとしたら、さすがに全員は把握できていない。
「どうぞどうぞ、店内でお待ちください」
と、中に促す。偉い人は丁寧に。今後のためにも。
「ありがとう。じゃ失礼して」
男性は、ジェイドの開けたドアにそのまま入っていった。
ホールで品を直しながら、エディットが、振り向きながら男性に声をかける。
「こんばん——」
しかし、目を見開き、そこで止まる。
その反応を見て、男性はカフェスペースで待つことを止める。
「しかし、連絡もよこさないヤツだからね。罰として、ロシュディの部屋に入らせてもらっちゃおう」
と、勝手に決め、オーナー室で待つと言い出す。それがいい、と首肯し足早に向かい出した。
「え、ちょ、ちょっと。それは……どうなんでしょう。鍵はかかっていないらしいですけど、勝手には……」
さすがのジェイドも、友人とは言えど、まずいんじゃないかと思い引き止める。そもそも自分にはそれを決める権限もない。会ったこともないのだ。初対面での印象が最悪になりかねない。
だが、男性は聞く耳を持たず、ジェイドの制止を振り切って前へ前へ。
「大丈夫大丈夫。なにかあったら私がなんとかするから」
と、スタッフルームの方へ歩いて行ってしまった。
「ま、待ってくださいって!」
と、追いかけようとしたが、ジェイドは手首を持たれ、止められる。エディットだ。こんな時に世間話なんかしてる場合じゃないのに。しかし。
「ちょっと! なんであの人がここにいるの!」
と、決死の形相でエディットはジェイドを引き止める。いつも飄々とした彼女にしては珍しい、慌てた姿。
それを聞き、あの人? やっぱり有名な人だったのか、とジェイドは確信した。となると、フランスでは有名で、ベルギーではそれほど、ということ? やはり顔に見覚えはない。
「知りませんけど、オーナーのお友達だそうです。先に行っちゃったんで、案内してきます」
「あ」
と、呆然とするエディットを振り切り、ジェイドは男性を追いかけた。まだ完全に信用したわけではない、もしかしたら他店のスパイに来たのかも。というか、誰なのかエディットさんに聞けばよかった。そんなことを考えながらスタッフルームに入ると、オーナー室の前で男性は待っていた。ノックもせずにそのまま男性は入る。
閉店後にオーナーであるロシュディ・チェカルディが、セギュール通り店で新作の試作品を見るという情報があり、ジェイドは学校を終えてから店に向かう。時刻は一八時三〇分。少し早いが、店で待つ。混んでいたら、そのままシフトに入ってもいい。気持ちがはやる。どう転ぶかわからないが、一刻も早く楽になりたい。
「ん?」
店に着くと、ひとりの老年の男性が外で待っている。おそらく七〇手前くらいか。なかなか絵になる渋さを兼ね備えている。
待ち合わせかな、と予想したジェイドだったが、とりあえず横目に通り過ぎて店へ。そして、最近作っておいたショコラは、とりあえず形にはなっていることを確認。ロシュディが来るまで待つ。
「本当なら、もう少し時間がほしかったけど、まぁそれも改善点てことで」
そして、時刻は一九時。もうすぐ閉店だ。ソワソワしていると、なんとなく、先ほどの男性が気になる。待ち合わせはできたのだろうか。確認すると、まだいるようだ。しかたない。店の制服に着替えて外へ。
「もうすぐ閉店ですよ。どうされました?」
とりあえず声をかけてみる。もしかしたら、店を間違えているのかもしれない。七区はショコラトリーがたくさんある、激戦区だ。ないこともないだろう。
寒さでやつれた表情で、その男性は返した。
「あぁ、店の前で待ち合わせなんだけどね。どうやら遅れてるみたいで、ずっと待たされてるんだよ。全く、M.O.Fというものは忙しいもんだね」
M.O.F。それを獲得している人物はWXYにはひとりしかいない。ジェイドはハッとした。
「てことは、オーナーのお知り合いの方ですか?」
そう言われ、男性は少し驚いたような顔をした。そしてすぐにニコッと笑う。
「うん、そうだよ。今日は新作の試食だと聞いてね。それに呼ばれたから来たのに、肝心の本人がいないもんだから、入っていいものかわからなくて」
新作のことも知っている。ということは関係者。ならば問題はないだろう。ジェイドははとりあえず中に入ってもらい、カフェスペースで待ってもらうことに。しかし、オーナーが呼ぶほどということは、かなりの有名な人なのだろうか。だいたいのショコラの有名人はわかっているつもりだったが、もしかしたらワールドチョコレートマスターズの審査員などだろうか。だとしたら、さすがに全員は把握できていない。
「どうぞどうぞ、店内でお待ちください」
と、中に促す。偉い人は丁寧に。今後のためにも。
「ありがとう。じゃ失礼して」
男性は、ジェイドの開けたドアにそのまま入っていった。
ホールで品を直しながら、エディットが、振り向きながら男性に声をかける。
「こんばん——」
しかし、目を見開き、そこで止まる。
その反応を見て、男性はカフェスペースで待つことを止める。
「しかし、連絡もよこさないヤツだからね。罰として、ロシュディの部屋に入らせてもらっちゃおう」
と、勝手に決め、オーナー室で待つと言い出す。それがいい、と首肯し足早に向かい出した。
「え、ちょ、ちょっと。それは……どうなんでしょう。鍵はかかっていないらしいですけど、勝手には……」
さすがのジェイドも、友人とは言えど、まずいんじゃないかと思い引き止める。そもそも自分にはそれを決める権限もない。会ったこともないのだ。初対面での印象が最悪になりかねない。
だが、男性は聞く耳を持たず、ジェイドの制止を振り切って前へ前へ。
「大丈夫大丈夫。なにかあったら私がなんとかするから」
と、スタッフルームの方へ歩いて行ってしまった。
「ま、待ってくださいって!」
と、追いかけようとしたが、ジェイドは手首を持たれ、止められる。エディットだ。こんな時に世間話なんかしてる場合じゃないのに。しかし。
「ちょっと! なんであの人がここにいるの!」
と、決死の形相でエディットはジェイドを引き止める。いつも飄々とした彼女にしては珍しい、慌てた姿。
それを聞き、あの人? やっぱり有名な人だったのか、とジェイドは確信した。となると、フランスでは有名で、ベルギーではそれほど、ということ? やはり顔に見覚えはない。
「知りませんけど、オーナーのお友達だそうです。先に行っちゃったんで、案内してきます」
「あ」
と、呆然とするエディットを振り切り、ジェイドは男性を追いかけた。まだ完全に信用したわけではない、もしかしたら他店のスパイに来たのかも。というか、誰なのかエディットさんに聞けばよかった。そんなことを考えながらスタッフルームに入ると、オーナー室の前で男性は待っていた。ノックもせずにそのまま男性は入る。
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