C × C 【セ・ドゥー】

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マリー・アントワネット

46話

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「ところで、開けていい? お披露目だ」

 楽しみにしていたジェイドは、新しい玩具をプレゼントされた子供のように、間近から凝視する。

 正確には、先ほどニコルが開けてしまったのだが、まぁ黙っておいてやろう。とオードは少しだけ優しくなった。

「ほら。こんな感じでいいんでしょ? ただ、これは試作品。あんたが欲しがってるのは、これを見てから作るわ」

 そう言って手渡したのは、一辺二〇センチほどの立方体。素材は段ボールであり、ただの緩衝材の役割だ。本体はその中身。開けると、急須のような球体。幾何学のような紋様のついた布地が、隙間なくぴっちりと丁寧に貼り付けられ、芸術品としてそこに存在する。フランスが誇るカルトナージュの粋。

「おぉ……素晴らしいね。これぞ『フランス』という感じだ……」

 それを手に取り、ジェイドは至近距離で多方向から観察する。可愛い。自分は詳しいわけではないが、おそらくこれは、凝縮された職人のマスターピース。これがあれば、良くも悪くも衝撃を与えられる。

「なにか文句ある?」

 口調も態度もでかいオードから、こんな繊細なものができるとは、と内心でジェイドは思ったが、喉で止めることにした。波風を無理して立てる必要はない。

「いや、ない。感謝する」

 予想以上だった。これなら、少なくとも素通りはできない。ジェイドは期待と不安の入り混じった複雑な表情をした。

「あんたの思ったとおりに作ってみせる。指示があるなら、全部今のうちに言って」

 そう伝えて、『それ』をオードはジェイドから奪い、自分の掌へ乗せた。まだプレゼントしたわけではない。金銭と領収書のやり取りがある。それまでは渡さん。

「昨日とえらく違うね。あんなに頑なだったのに。ありがたいけど」

 態度の軟化したオードを、ジェイドは素直に喜ぶ。やはりいがみ合うより、仲良くやれるに越したことはない。もしかしたら、長い付き合いになるかも、うまくいけばね、とこの先の策略をめぐらす。

 なんとなく、からかわれているような気もしたが、オードは気にせず心境の変化を吐露する。

「別に今も気持ちは変わってない。けど、やったことない分野に突っ込んでいくのは、メリットがあると感じただけ」

 普通にやってたら『みりん』は見つけられない。なら、オードはジェイドを利用するだけ。ショコラはどうだっていいが、どこにハシゴがかかっているかわからない。やれることはやってみる。

「なら、たしか『あの人』も愛した生地があったよね。あれで頼む。ちなみにこれは?」

 許可が出たので、ジェイドは変更したい点を挙げる。そして、試作品の布地も気になる。

 「インド南部のバンジャラ族という人々が織るファブリック。ウチは世界各国から仕入れてるからね。布地ならどの店にも負けない」

 ディズヌフはパリで一番の品揃えを誇る、とオードは自負している。そのため、かなりマニアックなものもあったりするが、それも必要経費。世界の民族的な布地は、どれも特徴があって面白い。趣味と実益を兼ねている。
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