46 / 52
マリー・アントワネット
46話
しおりを挟む
「ところで、開けていい? お披露目だ」
楽しみにしていたジェイドは、新しい玩具をプレゼントされた子供のように、間近から凝視する。
正確には、先ほどニコルが開けてしまったのだが、まぁ黙っておいてやろう。とオードは少しだけ優しくなった。
「ほら。こんな感じでいいんでしょ? ただ、これは試作品。あんたが欲しがってるのは、これを見てから作るわ」
そう言って手渡したのは、一辺二〇センチほどの立方体。素材は段ボールであり、ただの緩衝材の役割だ。本体はその中身。開けると、急須のような球体。幾何学のような紋様のついた布地が、隙間なくぴっちりと丁寧に貼り付けられ、芸術品としてそこに存在する。フランスが誇るカルトナージュの粋。
「おぉ……素晴らしいね。これぞ『フランス』という感じだ……」
それを手に取り、ジェイドは至近距離で多方向から観察する。可愛い。自分は詳しいわけではないが、おそらくこれは、凝縮された職人のマスターピース。これがあれば、良くも悪くも衝撃を与えられる。
「なにか文句ある?」
口調も態度もでかいオードから、こんな繊細なものができるとは、と内心でジェイドは思ったが、喉で止めることにした。波風を無理して立てる必要はない。
「いや、ない。感謝する」
予想以上だった。これなら、少なくとも素通りはできない。ジェイドは期待と不安の入り混じった複雑な表情をした。
「あんたの思ったとおりに作ってみせる。指示があるなら、全部今のうちに言って」
そう伝えて、『それ』をオードはジェイドから奪い、自分の掌へ乗せた。まだプレゼントしたわけではない。金銭と領収書のやり取りがある。それまでは渡さん。
「昨日とえらく違うね。あんなに頑なだったのに。ありがたいけど」
態度の軟化したオードを、ジェイドは素直に喜ぶ。やはりいがみ合うより、仲良くやれるに越したことはない。もしかしたら、長い付き合いになるかも、うまくいけばね、とこの先の策略をめぐらす。
なんとなく、からかわれているような気もしたが、オードは気にせず心境の変化を吐露する。
「別に今も気持ちは変わってない。けど、やったことない分野に突っ込んでいくのは、メリットがあると感じただけ」
普通にやってたら『みりん』は見つけられない。なら、オードはジェイドを利用するだけ。ショコラはどうだっていいが、どこにハシゴがかかっているかわからない。やれることはやってみる。
「なら、たしか『あの人』も愛した生地があったよね。あれで頼む。ちなみにこれは?」
許可が出たので、ジェイドは変更したい点を挙げる。そして、試作品の布地も気になる。
「インド南部のバンジャラ族という人々が織るファブリック。ウチは世界各国から仕入れてるからね。布地ならどの店にも負けない」
ディズヌフはパリで一番の品揃えを誇る、とオードは自負している。そのため、かなりマニアックなものもあったりするが、それも必要経費。世界の民族的な布地は、どれも特徴があって面白い。趣味と実益を兼ねている。
楽しみにしていたジェイドは、新しい玩具をプレゼントされた子供のように、間近から凝視する。
正確には、先ほどニコルが開けてしまったのだが、まぁ黙っておいてやろう。とオードは少しだけ優しくなった。
「ほら。こんな感じでいいんでしょ? ただ、これは試作品。あんたが欲しがってるのは、これを見てから作るわ」
そう言って手渡したのは、一辺二〇センチほどの立方体。素材は段ボールであり、ただの緩衝材の役割だ。本体はその中身。開けると、急須のような球体。幾何学のような紋様のついた布地が、隙間なくぴっちりと丁寧に貼り付けられ、芸術品としてそこに存在する。フランスが誇るカルトナージュの粋。
「おぉ……素晴らしいね。これぞ『フランス』という感じだ……」
それを手に取り、ジェイドは至近距離で多方向から観察する。可愛い。自分は詳しいわけではないが、おそらくこれは、凝縮された職人のマスターピース。これがあれば、良くも悪くも衝撃を与えられる。
「なにか文句ある?」
口調も態度もでかいオードから、こんな繊細なものができるとは、と内心でジェイドは思ったが、喉で止めることにした。波風を無理して立てる必要はない。
「いや、ない。感謝する」
予想以上だった。これなら、少なくとも素通りはできない。ジェイドは期待と不安の入り混じった複雑な表情をした。
「あんたの思ったとおりに作ってみせる。指示があるなら、全部今のうちに言って」
そう伝えて、『それ』をオードはジェイドから奪い、自分の掌へ乗せた。まだプレゼントしたわけではない。金銭と領収書のやり取りがある。それまでは渡さん。
「昨日とえらく違うね。あんなに頑なだったのに。ありがたいけど」
態度の軟化したオードを、ジェイドは素直に喜ぶ。やはりいがみ合うより、仲良くやれるに越したことはない。もしかしたら、長い付き合いになるかも、うまくいけばね、とこの先の策略をめぐらす。
なんとなく、からかわれているような気もしたが、オードは気にせず心境の変化を吐露する。
「別に今も気持ちは変わってない。けど、やったことない分野に突っ込んでいくのは、メリットがあると感じただけ」
普通にやってたら『みりん』は見つけられない。なら、オードはジェイドを利用するだけ。ショコラはどうだっていいが、どこにハシゴがかかっているかわからない。やれることはやってみる。
「なら、たしか『あの人』も愛した生地があったよね。あれで頼む。ちなみにこれは?」
許可が出たので、ジェイドは変更したい点を挙げる。そして、試作品の布地も気になる。
「インド南部のバンジャラ族という人々が織るファブリック。ウチは世界各国から仕入れてるからね。布地ならどの店にも負けない」
ディズヌフはパリで一番の品揃えを誇る、とオードは自負している。そのため、かなりマニアックなものもあったりするが、それも必要経費。世界の民族的な布地は、どれも特徴があって面白い。趣味と実益を兼ねている。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
Sonora 【ソノラ】
隼
キャラ文芸
フランスのパリ8区。
凱旋門やシャンゼリゼ通りなどを有する大都市に、姉弟で経営をする花屋がある。
ベアトリス・ブーケとシャルル・ブーケのふたりが経営する店の名は<ソノラ>、悩みを抱えた人々を花で癒す、小さな花屋。
そこへピアニストを諦めた少女ベルが来店する。
心を癒す、胎動の始まり。
Réglage 【レグラージュ】
隼
キャラ文芸
フランスのパリ3区。
ピアノ専門店「アトリエ・ルピアノ」に所属する少女サロメ・トトゥ。
職業はピアノの調律師。性格はワガママ。
あらゆるピアノを蘇らせる、始動の調律。
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
お昼寝カフェ【BAKU】へようこそ!~夢喰いバクと社畜は美少女アイドルの悪夢を見る~
保月ミヒル
キャラ文芸
人生諦め気味のアラサー営業マン・遠原昭博は、ある日不思議なお昼寝カフェに迷い混む。
迎えてくれたのは、眼鏡をかけた独特の雰囲気の青年――カフェの店長・夢見獏だった。
ゆるふわおっとりなその青年の正体は、なんと悪夢を食べる妖怪のバクだった。
昭博はひょんなことから夢見とダッグを組むことになり、客として来店した人気アイドルの悪夢の中に入ることに……!?
夢という誰にも見せない空間の中で、人々は悩み、試練に立ち向かい、成長する。
ハートフルサイコダイブコメディです。
あやかし狐の京都裏町案内人
狭間夕
キャラ文芸
「今日からわたくし玉藻薫は、人間をやめて、キツネに戻らせていただくことになりました!」京都でOLとして働いていた玉藻薫は、恋人との別れをきっかけに人間世界に別れを告げ、アヤカシ世界に舞い戻ることに。実家に戻ったものの、仕事をせずにゴロゴロ出来るわけでもなく……。薫は『アヤカシらしい仕事』を探しに、祖母が住む裏京都を訪ねることに。早速、裏町への入り口「土御門屋」を訪れた薫だが、案内人である安倍晴彦から「祖母の家は封鎖されている」と告げられて――?
Parfumésie 【パルフュメジー】
隼
キャラ文芸
フランス、パリの12区。
ヴァンセンヌの森にて、ひとり佇む少女は考える。
憧れの調香師、ギャスパー・タルマに憧れてパリまでやってきたが、思ってもいない形で彼と接点を持つことになったこと。
そして、特技のヴァイオリンを生かした新たなる香りの創造。
今、音と香りの物語、その幕が上がる。
14 Glück【フィアツェーン グリュック】
隼
キャラ文芸
ドイツ、ベルリンはテンペルホーフ=シェーネベルク区。
『森』を意味する一軒のカフェ。
そこで働くアニエルカ・スピラは、紅茶を愛するトラブルメーカー。
気の合う仲間と、今日も労働に汗を流す。
しかし、そこへ面接希望でやってきた美少女、ユリアーネ・クロイツァーの存在が『森』の行く末を大きく捻じ曲げて行く。
勢い全振りの紅茶談義を、熱いうちに。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる