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マリー・アントワネット
41話
しおりを挟む「……いい天気だなー……」
翌日。
中央には人工大理石を使った噴水が立ち上り、その周りには等間隔で八つの長い木製ベンチが取り囲む中庭にて、オードは座りながら空を見上げた。石畳にはゴミひとつなく、雇われた清掃業者が今日もしっかりと仕事をこなしている。そしてその周りには大小様々な花が植えられており、秋の優雅なひとときを今日も演出している。
天気は快晴。間抜けなほどに青い空。こんな日は、日の当たらないところでカルトナージュの新作に取り掛かりたい。が、一三時から約束をしてしまった。あまり乗り気ではないが、職人たるもの、引き受けたのなら最後まで。
「時間まではまだあるし、どうするかね……」
初めての、自分を名指しでの指名。本来なら嬉しいことのはずなのだが、指名してきた人間が気に入らない。夜遅くに自分の家まで来て、食事を取り、団欒し、あまつさえ結局泊まっていったらしい。自分が起きた時にはいなかったので、始発かそれに近い時間の地下鉄で帰ったのだろう。見事に振り回されている。
「ちょっと早いけど、移動するか……」
指定された場所は音楽科のホール。時間は一三時。持ち物は自作のカルトナージュ。歩いて五分程度の距離なのだが、気が乗らず、倍の約一〇分かけて到着。コンクリート打ちっぱなしの外観。入るのは初めてだ。
フラッパーゲートを越え、ホールの扉を開けようとしたところ、横に案内図が貼り出してあるのだが、どうやらここは大ホールで、小ホールもあるらしい。どちらか聞いていなかった。というか、初めてだから二つあるなんて知らない。
「どっちよ……それくらい言っときなさいよ……!」
もう面倒なので、開きかけた大ホールにそのまま入る。違ったら違ったで寝て待ってよう。すり鉢状のホールの真ん中の舞台上に、遠目でもわかるほど高級そうなピアノ。そして、ひとりその傍に立っている。弾いたりしているわけではないが、何をしているのだろうか。
(人、いるじゃん。てか、なんでここに指定したんだって。こうなることくらい、考えられるだろっつの)
しかし、別に悪いことをしているわけではない。適当なところに座って待ってよう。一番近場の、一階最上段席。舞台の上の人が何をやっているのか、観察でもしながら待とう。しかし。
「ん? 誰ー? 音楽科の人? ここ使うー?」
その人物からオードは声をかけられた。どうやらバレてしまったらしい。少しだけガッカリ。ひっそりと見守っていたかった。返さないのも気まずいので、適当に。
「あー、いや、こっちこそごめん! 違う、邪魔しちゃったかな! 時間があったから、寄ってみただけだから」
一応、自分だけ座って楽しているのも申し訳ないので、立ち上がって階段を降りながら近づく。怒っているわけではなさそうだ。とりあえずよかった。
普段の声量で届くくらいの距離になると、舞台上の彼女は微笑した。
「一緒だ。私も音楽科じゃない。さらに言えば——」
と、言いかけたところで口をつぐんだ。
「?」
さらに言えば、なんだろう? オードは彼女の次の句を待つ。が。
「秘密」
「なんだそれ」
翌日。
中央には人工大理石を使った噴水が立ち上り、その周りには等間隔で八つの長い木製ベンチが取り囲む中庭にて、オードは座りながら空を見上げた。石畳にはゴミひとつなく、雇われた清掃業者が今日もしっかりと仕事をこなしている。そしてその周りには大小様々な花が植えられており、秋の優雅なひとときを今日も演出している。
天気は快晴。間抜けなほどに青い空。こんな日は、日の当たらないところでカルトナージュの新作に取り掛かりたい。が、一三時から約束をしてしまった。あまり乗り気ではないが、職人たるもの、引き受けたのなら最後まで。
「時間まではまだあるし、どうするかね……」
初めての、自分を名指しでの指名。本来なら嬉しいことのはずなのだが、指名してきた人間が気に入らない。夜遅くに自分の家まで来て、食事を取り、団欒し、あまつさえ結局泊まっていったらしい。自分が起きた時にはいなかったので、始発かそれに近い時間の地下鉄で帰ったのだろう。見事に振り回されている。
「ちょっと早いけど、移動するか……」
指定された場所は音楽科のホール。時間は一三時。持ち物は自作のカルトナージュ。歩いて五分程度の距離なのだが、気が乗らず、倍の約一〇分かけて到着。コンクリート打ちっぱなしの外観。入るのは初めてだ。
フラッパーゲートを越え、ホールの扉を開けようとしたところ、横に案内図が貼り出してあるのだが、どうやらここは大ホールで、小ホールもあるらしい。どちらか聞いていなかった。というか、初めてだから二つあるなんて知らない。
「どっちよ……それくらい言っときなさいよ……!」
もう面倒なので、開きかけた大ホールにそのまま入る。違ったら違ったで寝て待ってよう。すり鉢状のホールの真ん中の舞台上に、遠目でもわかるほど高級そうなピアノ。そして、ひとりその傍に立っている。弾いたりしているわけではないが、何をしているのだろうか。
(人、いるじゃん。てか、なんでここに指定したんだって。こうなることくらい、考えられるだろっつの)
しかし、別に悪いことをしているわけではない。適当なところに座って待ってよう。一番近場の、一階最上段席。舞台の上の人が何をやっているのか、観察でもしながら待とう。しかし。
「ん? 誰ー? 音楽科の人? ここ使うー?」
その人物からオードは声をかけられた。どうやらバレてしまったらしい。少しだけガッカリ。ひっそりと見守っていたかった。返さないのも気まずいので、適当に。
「あー、いや、こっちこそごめん! 違う、邪魔しちゃったかな! 時間があったから、寄ってみただけだから」
一応、自分だけ座って楽しているのも申し訳ないので、立ち上がって階段を降りながら近づく。怒っているわけではなさそうだ。とりあえずよかった。
普段の声量で届くくらいの距離になると、舞台上の彼女は微笑した。
「一緒だ。私も音楽科じゃない。さらに言えば——」
と、言いかけたところで口をつぐんだ。
「?」
さらに言えば、なんだろう? オードは彼女の次の句を待つ。が。
「秘密」
「なんだそれ」
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