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マリー・アントワネット
26話
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と、ただただジェイドは感心した。そこまで自分を信じられるというのは、それほどの練習を積んできているということ。自分と同年代で、この前聞いた子以外にも、遥かに先に進んでいる人な気がする。
準備を整えながら、女性は会話を続ける。
「なにか楽器やってたの? ホールにいるってことは、なにか弾きに来た? よければ一緒にやる?」
特に弾きたい曲を決めていたわけではないようで、共演を提案してきた。様々な人と、様々な楽器と呼吸を合わせることで、練習となる。貪欲に経験値を欲していた。
しかし、さすがに自らの腕前では、彼女にもしかしたら悪影響になってしまうと考え、ジェイドは緩く断る。音楽は自分の分野ではない。夢中には残念ながらなれない。
「一応ヴィオラやってたんだけど、悪いね。そんな腕はない。かじった程度だ」
「ヴァイオリンからの転向? ヴィオラやってる人は、結構多いわよね」
「そっちも少し。だけど、本当に人前で弾ける腕じゃないよ」
会話のラリーを繰り返し、お互いのことを少しずつ共有し合う。初対面だが、心地いい。音楽やショコラの話なら、女子はだいたい話が尽きない。
そうやって他愛のない話をして、さすがに練習の邪魔になっちゃうな、とジェイドが打ち切ろうとしたところ、
「……『雨の歌』、知ってる?」
と、女性に切り出された。クラシックの曲名だ。
ジェイドはうろ覚えながら知っていた。有名な曲であり、ストーリー性が強いことでも知られている、あの曲のことだろう。
「『雨の歌』? たしかブラームスの。さっきのもブラームスだよね。まぁ、聴いたことはあるかな。それがどうかした?」
さすがに弾けと言われれば無理。ジェイドのレパートリーにはない。しかし、優しいピアノの音から始まり、そこにヴァイオリンが入っていくこの曲はとても好きだった記憶がある。ブラームスは『ピアノとヴィオラのためのソナタ』、なら少し弾けるかも程度だ。
「その曲、香りで例えるなら、どんなものだと思う?」
突然、女性に予想の外から攻められて、ジェイドは困惑した。
「え、香り? 曲から? どういうこと?」
当然、音に香りなんてない。なにか質問の意図を取り違えたかと思い、頭の中で反芻しても、やはり答えは出てこない。
女性は軽く嘆声し、俯いた。
「……まぁ、そういう反応するわよね。あなたの主観でいいの、香りで表現するなら、ってだけ」
重く考えないで、と付け足されたが、ジェイドは少し深く考えてみる。音と香り。考えたことはなかった。もしかしたらこれも挑戦なのかもしれない。たしかあの曲は元になった詩があったはず。たしか内容は……。
「……考えたことないけど……しいて言うなら、ショコラショー、かな」
と、二〇秒ほど時間を使って出した答えは、ホットショコラ。ミルクにショコラを溶かしたもの。うん、自分にはこれ。
「ショコラショー? 理由を聞いてもいい?」
驚いた顔で女性は問う。雨からショコラになぜ結びついたのか。単純な興味だ。
「まぁ、参考にならないと思うけど。たしか子供時代を回想した詩が元になってたよね」
「そうね。ブラームスの友人であるグロートの詩が、『雨の歌』の歌詞になってるわね」
歌詞は、『裸足になってはしゃいだ子供の頃を懐かしく想う』というものだったはず。ならば、自分が子供の頃、よく感じていた香りをジェイドは伝えるだけ。
「これでもショコラティエールを目指しててね。昔からショコラ多めの生活してたから、子供時代を思い出すと、よく飲んだショコラショーを思い出すかな」
材料もミルクとショコラ、好みで砂糖を追加するだけ。子供でも簡単作れて、体の芯から温まる。とても好きだった。
それを聞き、満足そうに女性は苦笑した。
「……なるほど、私と近いものがあるわね」
自身も、答えとして似たようなものを感じ取っていた。同じ感覚の人がいて、少し嬉しい。
準備を整えながら、女性は会話を続ける。
「なにか楽器やってたの? ホールにいるってことは、なにか弾きに来た? よければ一緒にやる?」
特に弾きたい曲を決めていたわけではないようで、共演を提案してきた。様々な人と、様々な楽器と呼吸を合わせることで、練習となる。貪欲に経験値を欲していた。
しかし、さすがに自らの腕前では、彼女にもしかしたら悪影響になってしまうと考え、ジェイドは緩く断る。音楽は自分の分野ではない。夢中には残念ながらなれない。
「一応ヴィオラやってたんだけど、悪いね。そんな腕はない。かじった程度だ」
「ヴァイオリンからの転向? ヴィオラやってる人は、結構多いわよね」
「そっちも少し。だけど、本当に人前で弾ける腕じゃないよ」
会話のラリーを繰り返し、お互いのことを少しずつ共有し合う。初対面だが、心地いい。音楽やショコラの話なら、女子はだいたい話が尽きない。
そうやって他愛のない話をして、さすがに練習の邪魔になっちゃうな、とジェイドが打ち切ろうとしたところ、
「……『雨の歌』、知ってる?」
と、女性に切り出された。クラシックの曲名だ。
ジェイドはうろ覚えながら知っていた。有名な曲であり、ストーリー性が強いことでも知られている、あの曲のことだろう。
「『雨の歌』? たしかブラームスの。さっきのもブラームスだよね。まぁ、聴いたことはあるかな。それがどうかした?」
さすがに弾けと言われれば無理。ジェイドのレパートリーにはない。しかし、優しいピアノの音から始まり、そこにヴァイオリンが入っていくこの曲はとても好きだった記憶がある。ブラームスは『ピアノとヴィオラのためのソナタ』、なら少し弾けるかも程度だ。
「その曲、香りで例えるなら、どんなものだと思う?」
突然、女性に予想の外から攻められて、ジェイドは困惑した。
「え、香り? 曲から? どういうこと?」
当然、音に香りなんてない。なにか質問の意図を取り違えたかと思い、頭の中で反芻しても、やはり答えは出てこない。
女性は軽く嘆声し、俯いた。
「……まぁ、そういう反応するわよね。あなたの主観でいいの、香りで表現するなら、ってだけ」
重く考えないで、と付け足されたが、ジェイドは少し深く考えてみる。音と香り。考えたことはなかった。もしかしたらこれも挑戦なのかもしれない。たしかあの曲は元になった詩があったはず。たしか内容は……。
「……考えたことないけど……しいて言うなら、ショコラショー、かな」
と、二〇秒ほど時間を使って出した答えは、ホットショコラ。ミルクにショコラを溶かしたもの。うん、自分にはこれ。
「ショコラショー? 理由を聞いてもいい?」
驚いた顔で女性は問う。雨からショコラになぜ結びついたのか。単純な興味だ。
「まぁ、参考にならないと思うけど。たしか子供時代を回想した詩が元になってたよね」
「そうね。ブラームスの友人であるグロートの詩が、『雨の歌』の歌詞になってるわね」
歌詞は、『裸足になってはしゃいだ子供の頃を懐かしく想う』というものだったはず。ならば、自分が子供の頃、よく感じていた香りをジェイドは伝えるだけ。
「これでもショコラティエールを目指しててね。昔からショコラ多めの生活してたから、子供時代を思い出すと、よく飲んだショコラショーを思い出すかな」
材料もミルクとショコラ、好みで砂糖を追加するだけ。子供でも簡単作れて、体の芯から温まる。とても好きだった。
それを聞き、満足そうに女性は苦笑した。
「……なるほど、私と近いものがあるわね」
自身も、答えとして似たようなものを感じ取っていた。同じ感覚の人がいて、少し嬉しい。
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