25 / 52
マリー・アントワネット
25話
しおりを挟む
翌日、木曜日昼間。野外。石畳の上。
「うーん」
ひとつ、ジェイドはオランジェットを口にする。食べながら歩くのは行儀がいいとは言えないが、誰も見ていない。
「うーん」
もうひとつ、口に入れる。味はあまり頭に入ってこない。美味い、とは思うけど、少し慣れたかもしれない。
「ボンボン、プラリネ、ガナッシュ、パンデピス、ヌガティーヌ、ギモーブ……他にも種類は色々あるけど」
そうそう、新しいショコラが出てくるものではない。既存のものに、季節やテーマのプラスアルファの『なにか』をして、新作として送り出す。クリスマスやハロウィンなどはわかりやすいが、フランスそのものとなると、ありすぎて逆に絞れない。
「スペキュロス……はベルギーだし、フランス……フランスねぇ」
新作を考える際、みんなはどのように考えるのか、参考に聞いてみたが、絵に描く人もいれば、ひたすら色んな店を食べ歩く人もいる。初めてのジェイドには、自分に合った方法が見つからないでいた。どうするべきか。そして。
「……またここに来ちゃったか」
考え事をしながら風任せに歩いていると、コンクリート打ちっぱなしの外観の建物が見えてくる。つい先日も来た。音楽科のホール。近くまで寄り、数秒見上げる。
「ま、いっか」
静かな中で考えれば、もしかしたらなにか浮かぶかもしれない。誰か練習していたら、その音楽からヒントがもらえるかもしれない。なにも行動しないよりかは、メリットがある。誰か話だけでもしたい。ヒントをくれ。
フラッパーゲートを通過し、扉を開ける。最高級ピアノのための温度と湿度管理が行き届いた空間。さぁ、今日はどんなことが起きる? 期待しながら中央の舞台の上を見ると、誰かいる。女生徒だ。練習中か。どうしよう、声をかけるべきか。というか、この曲は知っている。ブラームス『インテルメッツォ』。温かく、包み込まれるような間奏曲。
ジェイドは音を立てないように、静かに近くに座席に座る。目を閉じて、一音も漏らさないように拾い集める。優しい。まるでショコラテリーヌのような、そんな音。弾き終わったところで、気づかれてるかもしれないので拍手してみる。
すると、気づいていたようで、手を上げて女性は返す。
遠くで会話するのも申し訳ないので、ジェイドはすり鉢状のホールを中心まで降りていく。先日とこれも同じだ。
「申し訳ない。気にしないで練習しててくれていいから、ここにいてもいいかな?」
楽譜を閉じながら女性は応じた。
「問題ないわ。音楽科の人……じゃなさそうね。最近は……」
と、女性は吃りながら、言葉を飲み込んだ。怒ってはいないようだ。むしろ少し笑みを浮かべてさえいる。
最近なにかあったんだろうか、とジェイドは疑問を持った。
「? いや、違う。けど、ここの静けさが好きなんだよね。集中できなかったら出ていくから、その時は言ってくれてかまわない。すまないね」
勝手に入ってきた身。必要とあらば去るのは当然。できればちょっといたいけど、とジェイドは断りを入れた。
「その程度で乱れる集中なら、たいした腕じゃないってこと」
凛とした仕草で女性は次の楽譜を開く。自分に厳しくするタイプようだ。
その姿勢を目の当たりにし、
「すごい自信」
「うーん」
ひとつ、ジェイドはオランジェットを口にする。食べながら歩くのは行儀がいいとは言えないが、誰も見ていない。
「うーん」
もうひとつ、口に入れる。味はあまり頭に入ってこない。美味い、とは思うけど、少し慣れたかもしれない。
「ボンボン、プラリネ、ガナッシュ、パンデピス、ヌガティーヌ、ギモーブ……他にも種類は色々あるけど」
そうそう、新しいショコラが出てくるものではない。既存のものに、季節やテーマのプラスアルファの『なにか』をして、新作として送り出す。クリスマスやハロウィンなどはわかりやすいが、フランスそのものとなると、ありすぎて逆に絞れない。
「スペキュロス……はベルギーだし、フランス……フランスねぇ」
新作を考える際、みんなはどのように考えるのか、参考に聞いてみたが、絵に描く人もいれば、ひたすら色んな店を食べ歩く人もいる。初めてのジェイドには、自分に合った方法が見つからないでいた。どうするべきか。そして。
「……またここに来ちゃったか」
考え事をしながら風任せに歩いていると、コンクリート打ちっぱなしの外観の建物が見えてくる。つい先日も来た。音楽科のホール。近くまで寄り、数秒見上げる。
「ま、いっか」
静かな中で考えれば、もしかしたらなにか浮かぶかもしれない。誰か練習していたら、その音楽からヒントがもらえるかもしれない。なにも行動しないよりかは、メリットがある。誰か話だけでもしたい。ヒントをくれ。
フラッパーゲートを通過し、扉を開ける。最高級ピアノのための温度と湿度管理が行き届いた空間。さぁ、今日はどんなことが起きる? 期待しながら中央の舞台の上を見ると、誰かいる。女生徒だ。練習中か。どうしよう、声をかけるべきか。というか、この曲は知っている。ブラームス『インテルメッツォ』。温かく、包み込まれるような間奏曲。
ジェイドは音を立てないように、静かに近くに座席に座る。目を閉じて、一音も漏らさないように拾い集める。優しい。まるでショコラテリーヌのような、そんな音。弾き終わったところで、気づかれてるかもしれないので拍手してみる。
すると、気づいていたようで、手を上げて女性は返す。
遠くで会話するのも申し訳ないので、ジェイドはすり鉢状のホールを中心まで降りていく。先日とこれも同じだ。
「申し訳ない。気にしないで練習しててくれていいから、ここにいてもいいかな?」
楽譜を閉じながら女性は応じた。
「問題ないわ。音楽科の人……じゃなさそうね。最近は……」
と、女性は吃りながら、言葉を飲み込んだ。怒ってはいないようだ。むしろ少し笑みを浮かべてさえいる。
最近なにかあったんだろうか、とジェイドは疑問を持った。
「? いや、違う。けど、ここの静けさが好きなんだよね。集中できなかったら出ていくから、その時は言ってくれてかまわない。すまないね」
勝手に入ってきた身。必要とあらば去るのは当然。できればちょっといたいけど、とジェイドは断りを入れた。
「その程度で乱れる集中なら、たいした腕じゃないってこと」
凛とした仕草で女性は次の楽譜を開く。自分に厳しくするタイプようだ。
その姿勢を目の当たりにし、
「すごい自信」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
Sonora 【ソノラ】
隼
キャラ文芸
フランスのパリ8区。
凱旋門やシャンゼリゼ通りなどを有する大都市に、姉弟で経営をする花屋がある。
ベアトリス・ブーケとシャルル・ブーケのふたりが経営する店の名は<ソノラ>、悩みを抱えた人々を花で癒す、小さな花屋。
そこへピアニストを諦めた少女ベルが来店する。
心を癒す、胎動の始まり。
Réglage 【レグラージュ】
隼
キャラ文芸
フランスのパリ3区。
ピアノ専門店「アトリエ・ルピアノ」に所属する少女サロメ・トトゥ。
職業はピアノの調律師。性格はワガママ。
あらゆるピアノを蘇らせる、始動の調律。
Parfumésie 【パルフュメジー】
隼
キャラ文芸
フランス、パリの12区。
ヴァンセンヌの森にて、ひとり佇む少女は考える。
憧れの調香師、ギャスパー・タルマに憧れてパリまでやってきたが、思ってもいない形で彼と接点を持つことになったこと。
そして、特技のヴァイオリンを生かした新たなる香りの創造。
今、音と香りの物語、その幕が上がる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
仮病の姫君と謀りの許婚者 〜七惺国公主伝〜
いちごだいふく
キャラ文芸
「賭けましょう―。半年後、貴女は私を好きになる」
事件の真相を追う為、身分を偽り下級役人として働く公主・紫水。だが兄・秦王の腹心である星卿の策略により、突然現れた許嫁との同棲生活を余儀なくされる。
成景と名乗るその男は、紫水の秘密を知った上である提案をする。
友人の恋と宮廷の陰謀、そして復讐―。
ひとりの公主の人生と、宮廷が大きく動く春が始まる。
あやかし蔵の管理人
朝比奈 和
キャラ文芸
主人公、小日向 蒼真(こひなた そうま)は高校1年生になったばかり。
親が突然海外に転勤になった関係で、祖母の知り合いの家に居候することになった。
居候相手は有名な小説家で、土地持ちの結月 清人(ゆづき きよと)さん。
人見知りな俺が、普通に会話できるほど優しそうな人だ。
ただ、この居候先の結月邸には、あやかしの世界とつながっている蔵があって―――。
蔵の扉から出入りするあやかしたちとの、ほのぼのしつつちょっと変わった日常のお話。
2018年 8月。あやかし蔵の管理人 書籍発売しました!
※登場妖怪は伝承にアレンジを加えてありますので、ご了承ください。

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる