C × C 【セ・ドゥー】

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マリー・アントワネット

17話

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「……すごいですね。そんなこと、考えたこともなかった。目指す理由、もし次に聞かれたらそう答えようかな」

 目指す理由に『挑戦』という気持ちはなかった。憧れのみで目指していた。もちろん、それが悪いとは思わない。だが、なぜだろう、ジェイドにとって、なにかに『挑戦』するほうがしっくりくる。ような気がする。

 頭の中を様々な事象が巡るジェイドを見て、レダは達観したように笑んだ。かつての自分もそうだったように、思い煩うことはとても重要に思える。

「悩んでるんだね。まぁ、そのくらいの年齢で、将来を悩まないほうが珍しいか」

 どこか満足そうにしている。心の中で「頑張れ」と応援してみる。

「よし、まぁこんなもんかな。少し手伝ってもらっていい? なんの曲が弾ける?」

 ハンマーを全て調整し終え、アクション部分もしまい、レダは試弾に移る。軽く弾く程度なので、簡単な曲で試すのだが、せっかくヴィオラを習った子が目の前にいる。なら、気晴らしに少し合わせてみようと考えた。

 問われ、キョトンとした顔でジェイドは静止し、内容を把握して一歩、後ずさった。

「? いやいや、ほんとずいぶん昔に少しやってた程度なんで。聴かせられるようなものではないですよ」

 もう何年も弾いていない。道具もない。こんな立派なホールで演奏するような腕ではない。さすがに気後れしてしまう。ただ舞台に立っただけで緊張するような度胸。観客はいないとはいえ、無理に決まってる。

 大丈夫大丈夫、とレダは荷物を全部キャリーケースにしまい、準備を整えた。

「僕も弾くのは専門じゃないんでね。ジョルジェ・エネスクの『演奏会用小品』はどう?」

「いや……簡単な曲だとは思いますけど、私には難しい、かな」

 トントン拍子に話を進めるレダと、やんわり拒否するジェイド。ラリーを二回ほど繰り返したが、先に折れたのはジェイド。ここに来てしまったのは自分。なら、力になれるとは思わないが、手伝えるなら手伝おうと決めた。

 ジョルジェ・エネスク。ルーマニアの演奏家であり作曲家。二〇世紀の最高のヴァイオリニストのひとりとして数えられるほどの人物。民族音楽をベースとして、若い頃にはフランスで学んだこともあり、曲によってはパリの流麗とした旋律を持つ。

 ヴィオラは、ソロでやる曲は極端に少ない。というのも、ヴァイオリンとチェロの中間、という認識が強く、その両者を支えるポジションに位置する。そのため、もしソロで弾くのであれば、ヴァイオリン曲やチェロ曲をあえてヴィオラで弾く、ということのほうが圧倒的に多い。

「いやほら、ピアノの音の確認だから。最初の数小節だけ。ヴィオラは自由にやっちゃって。ミスしても誰もいないし。じゃ、借りてくるよ」

 と、返答を待たずにレダはホールから出て行ってしまった。いつもひとりで作業しているからか、誰かがいてくれると少しワクワクする。

 入場口から消えていくレダの背中を見送り、ジェイドは大きなため息をついた。なんか変なことになった。ヴィオラなんて、ここ数年は考えることもほとんどなかった。心配でしかない。

「あぁもう……来る場所間違えたかな」

 言葉とは裏腹に、少し口角が上がっている。早速、これが『挑戦』になるかもしれない。ショコラの神への『挑戦』として、まずはヴィオラから。なんで? と自分でも言ってみてわからない。けど人生、どこに正解があるかわからない。バタフライエフェクトとして、あの時ヴィオラを弾いたことがきっかけで、と数年後に言っているかもしれない。
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