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マリー・アントワネット
9話
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今日も忙しく閉店の二〇時まで駆け抜け、翌日の仕込みが終了すると、ジェイドは季節ものの新作について話し合う熟練の店長達に混じり、ショコラ作りの練習をさせてもらっている。販売できないが、試食用として。
とはいえ、お客様の口に入る以上、しっかりと味を見て許可が降りた場合のみ。その他、賄いや自宅へのお土産として。それに、新作を作る際に気にしていることや、注目することなど、やはり勉強になる。
まずはカカオ豆の選定から。WXYでは、機械は使わず手作業で選定する。ここでは使い物にならなそうな豆や、その他混じったゴミなどを取り除く。大きめのトレーの上にばら撒き、仕分ける。
そして選別されたカカオ豆は、二〇から三〇分ほど焙煎。カカオ豆の種類によって温度や時間は変わり、やりすぎると苦くなってしまう。味を決める重要な工程だ。
焙煎されたカカオ豆は、ステンレス製の粉砕機へ。上部が漏斗のようになっており、そこにカカオ豆を投入すると、自動でカカオニブと殻であるハスクに分けてくれる。
使うのはカカオニブのみ。高速でやれば四〇キロの豆も一時間はかからない。取り出したカカオ豆は、水分を完全に飛ばすため八時間以上は保温庫で眠らせることになる。ここまでが閉店後の作業一日目。
翌日以降、取り出したカカオニブはグラインダーという機械で細かくすり潰すと、カカオニブ含まれているカカオバターという油脂分により、ペースト状のカカオマスになる。
そしてそれに砂糖、ミルクチョコレートのする場合はミルクなどの乳製品を入れ、メランジャーというこれまたステンレス製シリンダーで、タイヤのようなものを使い長時間挽き続ける。滑らかにするための工程だ。これが閉店後二日目。
そして、挽き終わったカカオ豆の粒子の細かさを、グラインドゲージと呼ばれる装置と舌で確認したら、小分けにして一週間ほどまた寝かせる。そして最後にテンパリング。
温度を上げたり下げたりしながら、ココアバターの結晶を安定させ、口溶けや見た目を良くする。ここで手を抜いたら全てが水の泡だ。あとは成形して冷やせば完成。もちろん、これが同時進行で何個も進んでいる。メランジャーも五台あるため、かなりうるさい。
「いい感じじゃない。いつでも就職できるね」
そうジェイドに声をかけたのは、熟練の社員であるアラフォー、アメリ・クワン。実績と信頼を兼ね備え、今この場にはいない店長の代わりに奮闘しており、若いスタッフからも慕われる姉御肌な人物だ。ショコラ以外にも、人生相談も受け付けているらしい。
「ありがとうございます。でもほとんど機械ですから。私にできることなんて少ないですよ」
謙遜してジェイドははにかむ。実際、機械がやることは多く、なかなか自分の実力がついてきているのか、本当にわからない。
しかし、アメリはジェイドの腰を後ろから優しく叩く。褒めるときの行動だ。
「その気持ちが大事。機械にはないものを詰め込むのがショコラティエの仕事。その少ない仕事に、いかに言葉を込められるか。それがこの仕事」
彼女の口癖だ。人間だからこそいい。もしチェス最強を決めるなら、コンピュータ同士の対局を見ればいい。そうではなくて、人間同士の、ミスが生まれる対局に人々が熱中するのは、そこに流れる人間の努力の血と汗が、その一手に見えるから。ショコラティエも一緒だ。機械には、想いを詰めることはできない。
とはいえ、お客様の口に入る以上、しっかりと味を見て許可が降りた場合のみ。その他、賄いや自宅へのお土産として。それに、新作を作る際に気にしていることや、注目することなど、やはり勉強になる。
まずはカカオ豆の選定から。WXYでは、機械は使わず手作業で選定する。ここでは使い物にならなそうな豆や、その他混じったゴミなどを取り除く。大きめのトレーの上にばら撒き、仕分ける。
そして選別されたカカオ豆は、二〇から三〇分ほど焙煎。カカオ豆の種類によって温度や時間は変わり、やりすぎると苦くなってしまう。味を決める重要な工程だ。
焙煎されたカカオ豆は、ステンレス製の粉砕機へ。上部が漏斗のようになっており、そこにカカオ豆を投入すると、自動でカカオニブと殻であるハスクに分けてくれる。
使うのはカカオニブのみ。高速でやれば四〇キロの豆も一時間はかからない。取り出したカカオ豆は、水分を完全に飛ばすため八時間以上は保温庫で眠らせることになる。ここまでが閉店後の作業一日目。
翌日以降、取り出したカカオニブはグラインダーという機械で細かくすり潰すと、カカオニブ含まれているカカオバターという油脂分により、ペースト状のカカオマスになる。
そしてそれに砂糖、ミルクチョコレートのする場合はミルクなどの乳製品を入れ、メランジャーというこれまたステンレス製シリンダーで、タイヤのようなものを使い長時間挽き続ける。滑らかにするための工程だ。これが閉店後二日目。
そして、挽き終わったカカオ豆の粒子の細かさを、グラインドゲージと呼ばれる装置と舌で確認したら、小分けにして一週間ほどまた寝かせる。そして最後にテンパリング。
温度を上げたり下げたりしながら、ココアバターの結晶を安定させ、口溶けや見た目を良くする。ここで手を抜いたら全てが水の泡だ。あとは成形して冷やせば完成。もちろん、これが同時進行で何個も進んでいる。メランジャーも五台あるため、かなりうるさい。
「いい感じじゃない。いつでも就職できるね」
そうジェイドに声をかけたのは、熟練の社員であるアラフォー、アメリ・クワン。実績と信頼を兼ね備え、今この場にはいない店長の代わりに奮闘しており、若いスタッフからも慕われる姉御肌な人物だ。ショコラ以外にも、人生相談も受け付けているらしい。
「ありがとうございます。でもほとんど機械ですから。私にできることなんて少ないですよ」
謙遜してジェイドははにかむ。実際、機械がやることは多く、なかなか自分の実力がついてきているのか、本当にわからない。
しかし、アメリはジェイドの腰を後ろから優しく叩く。褒めるときの行動だ。
「その気持ちが大事。機械にはないものを詰め込むのがショコラティエの仕事。その少ない仕事に、いかに言葉を込められるか。それがこの仕事」
彼女の口癖だ。人間だからこそいい。もしチェス最強を決めるなら、コンピュータ同士の対局を見ればいい。そうではなくて、人間同士の、ミスが生まれる対局に人々が熱中するのは、そこに流れる人間の努力の血と汗が、その一手に見えるから。ショコラティエも一緒だ。機械には、想いを詰めることはできない。
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