186 / 209
Bc4
186話
しおりを挟む
なんで? お金持ちなら、お金で解決できるんじゃないの? いい治療とか。いい先生とか。ほら。ほら。
「難病でね。数百万人にひとり程度らしい病気の、さらに珍しい型。マルチプルスルファターゼ欠損症ってのらしいわ」
よくわかんないけど。もう諦めているらしく、姉の言葉に感情はない。今の医療技術でもなにも手が出せない。よくて寝たきりのまま延命。それは可哀想、と月並みな感想で措置は検討していないらしい。
脳が思考を停止したサーシャは絶句する。そっか、とつられて諦める。が、いやいや、と否定した。
彼女は、リディアはどう思ってるんだろう。それでいいのか、寝たきりだとしても延命はしないということについて。というか。本当に諦めている?
「知らないわ。でも伝えてはあるし、本人も了承してる。それよりそんなことどうでもよくて」
姉、たしかフェリシタス、とかそんな名前だった。フェリシタス・シュミット。今更思い出した。その彼女は妹を『そんなこと』と端にどけて、自らの性欲に走ろうとしている。服を脱ぎ散らかし、キスをしながら相手を押し倒す。
天井を見ながらサーシャは、なんでだろう、と思う反面、引きずることなくその時まで、できるだけいつも通りに振る舞うようにしているんじゃないか。そんな心の『隙間』が見えた気もした。誰も責めることなど、やはりできない。
自身の家庭に深く踏み込んだ話。思うところがあったのか、つまらなそうな表情のフェリシタスが一応付け加える。
「……長く生きることができても二〇歳前後まで。どう頑張ってもあと七、八年しか生きられないし、それより先、数年以内に完全に寝たきりになる。そして、顔も骨も変形して、皮膚は魚の鱗のようにボロボロと剥がれ落ちていく」
そんな状態で。死ぬまで待つ。それならいっそ。それがリディアの、家族の願いでもある。
天井を見たまま。言葉が右から左へ流れていくサーシャ。そうなんだ、と適当な返事。
「入院費だって安くない。ウチはまぁまぁ裕福なほうだけど、そんな湯水のように使えるほどのものじゃない。色々考えた結果」
……なんとなく、フェリシタスも今日はそういう気分じゃなくなってきた。性欲はある。サーシャを縛り付けて。目隠しして。欲はあるのに、なんというか、体が逆方向に向いているような。おもむろに横に寝てみる。目が合う。
寝たきりになってから、七、八年は生きるかもしれないし、半年後には亡くなってしまうかもしれない。誰も、それこそ世界的な権威のある医師が診てもわからない。ほとんど症例がなく、判断基準に乏しい。
ようやく、サーシャの脳が『今』に追いついた。ということはリディアはそれを知りながら。あんなにも笑顔で。元気で。はしゃいでいたわけで。自分が自分じゃなくなる病気。どんな気持ちで。
「まぁ、サーシャが気に病むようなことじゃない。誰にもどうしようもない。神様だけ」
もうとっくにフェリシタスは諦めた。再度、今、諦める。するとやっぱり性欲は高まってくる。だけど今日は。今日だけは。優しく無表情のサーシャを抱きしめただけで終わった。
「難病でね。数百万人にひとり程度らしい病気の、さらに珍しい型。マルチプルスルファターゼ欠損症ってのらしいわ」
よくわかんないけど。もう諦めているらしく、姉の言葉に感情はない。今の医療技術でもなにも手が出せない。よくて寝たきりのまま延命。それは可哀想、と月並みな感想で措置は検討していないらしい。
脳が思考を停止したサーシャは絶句する。そっか、とつられて諦める。が、いやいや、と否定した。
彼女は、リディアはどう思ってるんだろう。それでいいのか、寝たきりだとしても延命はしないということについて。というか。本当に諦めている?
「知らないわ。でも伝えてはあるし、本人も了承してる。それよりそんなことどうでもよくて」
姉、たしかフェリシタス、とかそんな名前だった。フェリシタス・シュミット。今更思い出した。その彼女は妹を『そんなこと』と端にどけて、自らの性欲に走ろうとしている。服を脱ぎ散らかし、キスをしながら相手を押し倒す。
天井を見ながらサーシャは、なんでだろう、と思う反面、引きずることなくその時まで、できるだけいつも通りに振る舞うようにしているんじゃないか。そんな心の『隙間』が見えた気もした。誰も責めることなど、やはりできない。
自身の家庭に深く踏み込んだ話。思うところがあったのか、つまらなそうな表情のフェリシタスが一応付け加える。
「……長く生きることができても二〇歳前後まで。どう頑張ってもあと七、八年しか生きられないし、それより先、数年以内に完全に寝たきりになる。そして、顔も骨も変形して、皮膚は魚の鱗のようにボロボロと剥がれ落ちていく」
そんな状態で。死ぬまで待つ。それならいっそ。それがリディアの、家族の願いでもある。
天井を見たまま。言葉が右から左へ流れていくサーシャ。そうなんだ、と適当な返事。
「入院費だって安くない。ウチはまぁまぁ裕福なほうだけど、そんな湯水のように使えるほどのものじゃない。色々考えた結果」
……なんとなく、フェリシタスも今日はそういう気分じゃなくなってきた。性欲はある。サーシャを縛り付けて。目隠しして。欲はあるのに、なんというか、体が逆方向に向いているような。おもむろに横に寝てみる。目が合う。
寝たきりになってから、七、八年は生きるかもしれないし、半年後には亡くなってしまうかもしれない。誰も、それこそ世界的な権威のある医師が診てもわからない。ほとんど症例がなく、判断基準に乏しい。
ようやく、サーシャの脳が『今』に追いついた。ということはリディアはそれを知りながら。あんなにも笑顔で。元気で。はしゃいでいたわけで。自分が自分じゃなくなる病気。どんな気持ちで。
「まぁ、サーシャが気に病むようなことじゃない。誰にもどうしようもない。神様だけ」
もうとっくにフェリシタスは諦めた。再度、今、諦める。するとやっぱり性欲は高まってくる。だけど今日は。今日だけは。優しく無表情のサーシャを抱きしめただけで終わった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる